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2020年1月8日

内坂庸夫 内坂庸夫

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血の誓約

 ネルソン・デミルの傑作に「誓約」ってのがあるけど、こっちは頭に「血」がついてる、すごいぜ。さてさて、上田瑠偉くんがトレイルラニング(*1)に興味を持ったきっかけのひとつに『ボーン・トゥ・ラン/BTR』(*2)を読んだから、がある。そりゃそうだろう、こっちだって読み終わったとたん、裸足(読めばわかる)で外に飛び出しちゃったくらいだもん。これもまた大傑作だ。

「BTR」の主人公たち、S・ジュレクもJ・シェルトンもベアフット・テッドも取材できた。アルヌルフォとシルビーニョが日本に来たときには樹海を走ってもらい、瑠偉くんにその走り(ほんとにフォアフットなのか?)を分析してもらった。残念ながらカバーヨ・ブランコだけには会えずじまい。 撮影/石原敦志

 『ボーン・トゥ・ラン』なにそれ? あなたがランナーだとしても『BTR』を知らないのは恥じゃない。恥ずかしいのは『BTR』の存在を知りながら(ほら、いまだよ)手にしないことだ、読まないことだ。ランニング運動、特に着地のくどいくらいの解説書は、あのナイキをこてんぱんにやっつけ、やがてそれは人類進化学に言及し、180万年間ヒトは走ることで生き延びてきた、と言い切り、ウルトラの帝王スコット・ジュレクをもって、ジェン・シェルトンとベアフット・テッドと共に、メキシコの山奥へ《人類最強の走る民族》との一騎打ちに、冒険活劇の世界へ旅立たせるのである。

 この世の中に本当に「・・ねばならない」ことは多くはないけど、もしあなたがランナーなら『BTR』だけは読まなきゃいけない。1回読むだけでキロ10秒は速くなる、1時間は長く走り続けられる、3回読めば100マイルなんかカンタンだ・・という気になる。 

 言っとくけど、著者はC・マクドゥーガル、米国フィットネス&スポーツ誌「メンズヘルス」の元編集者。そう、編集者というのはそこらの作家とは違って、話の進め方にひとひねりもふたひねりも加えたい、読者を手玉にとりたい。フラッシュバックや別ネタ同時進行がばんばん出てくる。なので「この本、話がめんどっちいなあ、わかんねー」と感じたら、あなたの負けだ。科学的注釈のついたアクション映画だと思えばいい、いきなり楽しめてくるはずだ。

 瑠偉くんを世界チャンプに駆け上らせた(ちょっとは役に立ったろう)ランナーの聖書『BTR』。あなたは次々にページが進み、手に汗を握り楽しく読める(最後は大泣きだ)だろうか。読み手の想像力と好奇心が、つまりはトレイルラニングへの愛情がどれほどのものか試される怖い本でもある。あはは。

 いよいよ本題。この『BTR』の中にトレイルラニングの本質が、実にわかりやすく表現してある。平たく言えば、トレイルラニングって何? の答えがある。本書の中でいちばん気に入っているエピソードでもある。

 本棚に『BTR』があるなら、ここに持ってきて225ページを開いていただこう。

 場面はこうだ。主人公のひとりカバーヨ・ブランコが米国を代表するウルトラランナーたちを引き連れて、この先はメキシコ麻薬カルテルの縄張り(多くの悪人と善人が殺されている、その奥に《人類最強の走る民族》が暮らす町がある、前代未聞世紀の大会はそこで開催される)という排水路に架かった不安定な橋の真ん中にさしかかった。

「ストップ!」

「みんなに血の誓約をしてもらいたい」とカバーヨは言った。「右手を挙げて、私の言葉を繰り返してくれ、向こう側に渡る前に誓いを立ててもらう」

われわれは荷物を置いて右手を挙げた。

「けがをしたり、道に迷ったり、死ぬようなことがあったら」カバーヨは言い出した。

「けがをしたり、道に迷ったり、死ぬようなことがあったら」われわれは復唱した。

「それは全部自分のせいだ」

「それは全部自分のせいだ!」

「あー・・アーメン」

「アーメン」

 トレイルラニングの本質はとてもシンプルだ。自分のケツは自分で拭け、さ。そこが機関銃を抱えた悪党どもが待ち構えている広大なマリファナ畑であろうが、天狗さまがお守りくださる高尾山だろうが、そこにトレイルがあって、そのトレイルを走りたいなら、ルールとマナー(*3)を守りさえすれば、好き勝手に走っていい。そのかわり、その自由と引き換えにいっさいの責任は自分で背負え、ってこと。山を走って起きるだろう楽しいこと、嬉しいことはまるごと独り占めしていい。そのかわり同じく山で起きるだろう苦しいこと、辛いこと、イヤなことも全部、文句言わず、自分で抱えるのさ。

 突然の雨に打たれて風邪を引いても(だからどんなに晴れた日でもレインジャケットは持ってけって言うじゃん)、すっころんでケガしても(もちろんQQ用具も)、道に迷っても(地図だけでなくGPSデータも必須だ)文句は言うな。自らの無知、準備不足、装備不足、体力不足・・誰のせいでもないし、誰のせいにもできない。それは全部自分のせいだ。

 トレイルラニングをするなら血の誓約をしてもらいたい。それがイヤなら、ここから引き返してもらおう。
 

*1 日本の「トレイルラニング」は石川弘樹さんが米国から持ち込み、普及させたことから始まる。彼に敬意を表してマヌケな和製英語「トレイルランニング」ではなく、英語発音通りに正しく「トレイルラニング」と表記する。雑誌『ターザン』では2005年の定例ページ連載第1回目から一貫してこの「トレイルラニング」である。

*2 正式名称は『ボーン・トゥ・ラン 走るために生まれた』、サブタイトルは〈ウルトラランナー VS 人類最強の走る民族〉。クリストファー・マクドゥーガル著。日本版2010年初版 NHK出版 2000円+税

*3 それぞれの山によって細かいところで違いはあるだろうけど、大基本は『人と自然に迷惑をかけない』こと。

PROFILE

内坂庸夫

内坂庸夫 | Tsuneo Uchisaka

「ヴァン ヂャケット」宣伝部に強引に入社し、コピーライティングの天啓を授かる。「スキーライフ」「メイドインUSA」「ポパイ」「オリーブ」そして「ターザン」と、常にその時代の先っぽで「若者文化」を作り出し、次はなんだろうと、鼻をくんくん利かせている編集者。
 2004年に石川弘樹に誘われ生涯初のトレイルラニングを体験(ひどいものだった)、翌年から「ターザン」にトレイルラニングを定例連載させる。09年に鏑木毅の取材とサポートでUTMBを初体験、ミイラ取りがミイラになって12年吹雪のCCCに出場(案の定ひどい目に遭う)そして完走。(死にそうになったにもかかわらず)ウルトラってなんておもしろいんだろうと、13年、UTMBの表彰台に立ちたい、自身の夢をかなえようと読者代表「チームターザン」を結成する。
 「ターザン」創刊以来、数多くの運動選手、コーチ、医者、科学者から最新最良な運動科学を学び、自らの体験をあわせ、超長距離走のトレーニングとそのマネージメント、代謝機能改善、エネルギー・水分補給、高所山岳気象装備、サポート心理学などを研究分析する。ときどき、初心者のために「100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)」講習会を開催してる。

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