100mileでのリスクについて
100mileレースを完走することは簡単ではありません。私自身、初100mileレースを経験するまでは100mileが未知の領域であり完走するイメージが全く想像がつきませんでした。
しかし今となっては海外含めて様々なレース経験を通じ、100mileを走るための技術を身に付けることができました。
その技術として走力・体力などが一般的ですが、私はこれら技術と同じくらいリスクに対する考え方が100mileレースにおいて大切な要素だと感じています。
100mileレースを完走するために、事前に起こり得るリスクを想定した上でレースに挑むことで、結果が大きく左右するのが100mileレースだと感じています。
初の100mileレースでは、100mileという未知の距離を走った経験がない中で、どのようなリスクが想定されるのか全く分かりません。
100mileとフルマラソンのリスクの大きさを比べてみると私は100mileの方が圧倒的に大きいと思います。
フルマラソンというのは、何度かフルマラソンを走るだけで、想定しうるリスクを把握することができます。
その典型的なリスクとして、30km以降の急激な脚の消耗が挙げられます。この30km以降の急激な消耗というリスクを想定してフルマラソンを走るかでタイムが大きく変化します。
しかし100mileレースでは、幾度かの経験を経て想定しうるリスクが全て把握できるとは限りません。
なぜなら100mileレースは長時間であるため、疲労が蓄積した中、体力の限界を超えて前に進み続けなければならず、突然の身体の不調といった想定できないリスクに襲われることが多々あります。
もちろん肉体的な要因に加え天候などの外的な要因もあります。具体的には、日中夜間の気温差や高高度での気象の急変など様々なリスクがあります。
このようなリスクを見える化するために、私自身はロングレースを数多く経験してきました。これまで100km以上のトレイルレースに出た回数は延べ25回にもなります。
レース中にトラブルが発生してもある程度リスクの範囲内であることが多く、今では様々なトラブルに対して柔軟に対応できるようになりました。
100mileレースでのリスクについて詳細をお話する前に、リスクとは何かを少しお話したいと思います。
リスクは大きく3つに分類される
リスクについて、有名な研究者であるフランク・ナイトのモデルをもとに説明したいと思います。
ナイトはリスクは「測定可能な量」であると述べ、以下大きく3種類に分類しています。
第一のリスク:成功確率が明白なリスク(=想定できるリスク)
第二のリスク:学習を通じて成功確率を高めることができるリスク
第三のリスク:学習を通じても全く成功確率が読めないリスク(=想定できないリスク)
各リスクについて以下図の円柱箱の中にある黒リンゴと白リンゴを例に説明したいと思います。
第一のリスクについて、円柱箱の中に黒リンゴと白リンゴがそれぞれ10個入っていると既に分かっている状態のことを指します。
箱の中からリンゴを取り出すと、黒か白リンゴいずれかが出る確率は50%ということが分かります。これが成功確率の明白なリスクとなります。
第二のリスクについて、黒と白リンゴがそれぞれ何個入っているかわからない状態であるものの、事前に試しに箱の中から取り出せる、という条件がついていることです。
この場合は学習を通じて成功確率を高めるリスクと呼ばれています。
具体的には、試しに箱の中から10回リンゴを取り出したところ黒リンゴが3回出たら、黒リンゴが出る確率が30%であると推測することができます。
第三の成功確率について、第二の成功確率と同様に黒と白リンゴがそれぞれ何個入っているかわからない状態であり、かつ以下のようなことが起こります。
試しに何度か箱の中からリンゴを取り出したものの、すべて白リンゴであった。さらに追加でリンゴを取り出してみると今度は緑のリンゴが出てきた。といった学習しても全く成功確率が読めないリスクが、第三のリスクとなります。
これら3つのリスクを踏まえて、100mileレースにおけるリスクについてお話したいと思います。
経験の差≒リスクの差
以下の図に示す通り、100mileレースの経験度とリスクは私は相関があると感じています。具体的にはリスクが想定できるランナーほどトレイルラン経験者に多いということです。
つまり、未経験者であれば第三のリスク(リスクが想定できない)の割合が大きく、一方で経験者であれば第一のリスク(リスクが想定できる)の割合が高い傾向であると私は考えます。
私の場合、前述の通りある程度リスクを想定した(第一のリスク)上でレースに挑んでいます。
第一のリスクの状態の例を、初参加のある海外レースに参加するという想定でお話したいと思います。
そのレースのコースをMapを使って分析すると、概ね景色の変化の少ない単調なコースであると仮説付けた上で、“レース中にこの区間で眠くなる確率が半々くらいである”と事前にリスクを想定します。
このリスクを回避するための戦略として、エイドでの補給時間を減らして、コース上で補給しながら進むようにする(食事をすることに意識を集中させる)、といったようなことを必ず毎回のレースで考えるようにしています。
第三のリスクの状態から第一のリスクの状態にするためには、レースや練習の積み重ねが必要ですが最も効果的なやり方があります。それは異なるジャンルのレースを経験することです。
具体的には、未整備の登山道、ジャングル・砂漠・雪上を走るレースといった経験を優先的に積み重ねることです。このようなジャンルのレースは海外では一般的に開催されています。
一方、日本のレースでは基本的には整備された登山道でのレースが多いのが特徴です。結果として同じ環境・条件下のもとでは新たな気づきが少なく、リスクを発見するに時間がかかります。
ジャンルの異なる例として香港のレースを挙げたいと思います。
香港のトレイルはコンクリート舗装と階段が主体なので、脚への負担が厳しいレースであることが特徴です。
私自身、初めて香港の100kmレースに参加した際、コンクリートや階段を100km走ることは簡単だと思ってレースに挑みましたが、地面が固いトレイルが脚への負担が相当かかるというリスクを初めて知りました。
このレース完走後、私は全く歩くことができず、会場で3時間ほど休憩したものの、それでもまともに歩くことができませんでした。
結局、地下鉄ではなく1万円ほど払ってタクシーを使ってホテルまで戻った辛い経験が今でも残っています。
◇ ◇
このように日本とは異なるジャンルのレースでは、実際にレースに出てみないとどのようなリスクがあるのか、なかなか気づきを得ることができません。
環境の異なる状況下でレースをいかに経験するかで、早期にリスクを想定できるようになり、かつリスクを回避できる術を得ることができます。
こうすることで、今年のUTMBのPTL、TDS、MCCにおいて、低温・積雪下での開催であっても、どのようなリスクが想定されるか事前に把握し、事前に手を打つことができるので、天候に左右されずにレースに挑むことが可能となります。