トレイルランニングでの体調管理講座「低体温症のしくみと対応 2/4回 〜熱はどう逃げていくか」
新春特別企画としてお送りしている、トレイルランニングでの体調管理講座「低体温症のしくみと対応」。昨日の第1回は、低体温症は体熱の「産生」と「放熱」の収支バランスが崩れて起こることと、人の体で熱が産生されるメカニズムについてお伝え頂きました。本日の第2回は「放熱」、つまり体からどう熱が逃げていくかについて説明して頂いています。
<< 低体温症のしくみと対応 >>
第1回:熱の産生
第2回:放熱(本記事)
第3回:低体温症の評価
第4回:低体温症の対応
第2回「放熱」
ポイント
▽放熱のメカニズムは4種類(蒸発・輻射・対流・伝導)がある。
▽蒸発だけはエネルギーの移動が一方通行で、熱を奪うだけ。
▽放熱のメカニズムを知る
熱はかならず高い方から低い方に移動するという原則があるのですが、その熱が逃げてゆくことを放熱と言います。放熱には4つの要素(*2) があり、これは熱中症を考える時にも大変重要なので是非知っておいてください。
<体温調節の4要素>
- 蒸発(じょうはつ:Evaporation)
- 輻射(ふくしゃ:Radiation)
- 対流(たいりゅう:Convection)
- 伝導(でんどう:Conduction)
それぞれ少し説明します。
1. 蒸発(じょうはつ:Evaporation)
汗や水など、濡れたものが蒸発するときに熱を奪うことを気化熱と呼びます。熱を逃がすためにはもっとも効率が良い方法なのですが、逆に言うと、熱を逃がしたく無い時には体を濡らさないようにするのがとても大切です。ちなみにエアコンはこの気化熱のメカニズムを使って空気を冷やしています。
イメージは「浴衣を着て行う、夏の打ち水」
なぜ浴衣なのか。ここが大事です。
あえて医学的に専門用語を使って言うと「風情(ふぜい)」です。短パンTシャツでワラーチはいた僕みたいなオッさんが水まいてても汚いだけで正義も風情もありません・・・・ごめんなさい話を戻します。
蒸発しなければ気化熱は起こらないので、湿度の影響を大きく受けます。
- 湿度が高い → 蒸発しにくい → 熱が奪われにくい
- 湿度が低い → 蒸発しやすい → 熱が奪われやすい
また風があると蒸発が進みます。冬に汗をかいた衣服に乾いた冷たい風が当たると、湿度が低いために蒸発が起こりやすく熱が奪われやすいです。濡れた衣服のままで尾根に出て風に当たると、蒸発が進んで一気に体温を奪われます。
逆に夏の熱中症の治療では、体を濡らしてうちわで仰ぎます。ただ単に冷やすだけよりも効果的なんですよね。
つまりそれは、ただ単に冷えるよりも低体温症になりやすいので、濡れるということと風にはとても注意して欲しいなと思います。
2. 輻射(ふくしゃ:Radiation)
物質の熱エネルギーが電磁波として放出され、周囲の固体へ熱をうつすことを輻射といいます。
イメージは「キャンプファイヤー」
そう、キャンプファイヤーです。皆さんも経験があるでしょう。キャンプファイヤーのフォークダンスで、気になるアノ子と手を繋いだとき、ほんのり顔が赤くなりあたたかくなったような気がすると思います。ソレです(ちがいます)。
寒いところにいるとなんとなくひんやりしてきたり、逆に暑い部屋にいると何もしてなくても体が熱くなってくると思うんですけど、ソレです。あ、コタツもそうですたぶん。
3. 対流(たいりゅう:Convection)
対流とは、周囲の気体や液体が移動し熱が移動することをさします。ってここまで書いて、うわ難しいなーって思いましたごめんなさい。
イメージは「天井にあるファン」
お洒落なレストランに必ずあるといっても過言ではない天井にあるファンは、この対流を利用しています。
4. 伝導(でんどう:Conduction)
対流が、気体や液体が移動することで一緒に熱が移動するのに対し、対流のない流体や固体では熱が直接移動し、これを伝導と呼びます。
イメージは「氷のう・カイロ」
寒い時に暖かい缶コーヒーを買って手を温めたりするのもそうですね。夏で言えば氷のうを体にあてると冷えて気持ちいいいですよね。この伝導も効果は高く、輻射の32倍の効果があると言われています。
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さて、この4つのメカニズムを知ると、熱中症と低体温の予防に役立ちます。熱中症の予防と治療は「どうしたら熱を逃がすか」で低体温の場合は「どうしたら熱を逃がさないようにするか」と、その対策は真逆なのですが、考え方が同じだからです。
一般に山での低体温は寒冷による「輻射」と強風による「対流」に加えて、汗や雨で濡れた体からの「蒸発」で急速に発症すると言われています。登山の場合、低体温症を起こす気象条件は過去の遭難例の報告から、気温10℃以下、風速10m/s以上、雪または雨という条件下で起こりやすくなると言われています。(*3)
更に、トレイルランニングの場合では気象条件だけでなく
- 薄着で
- 衣服は汗で濡れており
- 熱産生に必要なエネルギーが枯渇しかけている
といった悪条件が重なるため放熱が進行し、先ほどの条件に達してなくても低体温症が発症する可能性を秘めています。
※2020年1月8日、円井先生よりご指摘を受け、熱力学として誤っていた部分を修正しました。また、それ以外の表現において、よりわかりやすくなるように一部加筆・修正を加えています(論旨自体は最初に公開した段階から変更ありません)。
第2回では、低温下でのトレイルランニングでどれだけ放熱が進行しやすいかのイメージができました。放熱が進行しているということは、動けなくなって運動による熱産生がなくなると、放熱と産生の熱収支が一気に崩れて低体温症のリスクが高まるということですね。次回、第3回「低体温の評価」では、どのような症状になったら低体温症なのか?また、その重症度はどのように測るのか?をご説明頂きます。
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第1回:熱の産生
第2回:放熱(本記事)
第3回:低体温症の評価
第4回:低体温症の対応
参考・引用文献
(*2) 森田孝次:小児の熱中症、日本臨床:Vol.70 No6, 2012
(*3) 金田正樹:登山で起こる凍傷と低体温症、臨床スポーツ医学:Vol.32 No11, 2015
筆者|もりもり(森田孝次)
小児科医でありランナー。トライアスロン、トレイルランニングのレースで救護医を担当することも多い。
https://twitter.com/moritako1121