地図で視座を高める
今年は昨年と比べて、幾分、山を登る機会が増えたかと思う。私もこの夏において山を登る機会が増えた。毎年登っていた富士山にも今年は登ることができ、久しぶりに最高峰からの景色を楽しむことができた。
富士山に限らず、山登りの目的として山の景色を楽しむこともあるが、私の場合はこれ以外にもある。その一つがイメージトレーニングだ。山を登り始める前に、頭の中で登るルートをシミュレーションすることだ。
過去に登ったことがある山であれば、地図を見ながら麓から山頂までどういったルートであったか頭の中で記憶を呼び起こす。
また、初めて登る山であっても、地図に描いてある地形を見て、ルートの特徴を把握し、イメージを掴んだ上で登る。
そして登山中は、そのイメージと乖離がないか確認しながら登る。最後に下山後は登ったルートを記憶するために、地図を見ながら頭に叩き込む。この一連の作業を山に登るたびに繰り返す。
富士山には、30回ほど登ったことがあり山の特徴はだいたい把握しているが、このトレーニングは毎回欠かさずに行っている。特に、富士山はイメージトレーニングをするには、とてもいい環境である。
馬返しから始まり、一合目、二合目、そして山頂とランドマークとなる目印があるため、区間ごと分けてルートの特徴を頭に叩き込みやすい。
地図読みが苦手な人にとっては、ハードルが高いことかもしれないが、もし地図読みができるようになると、登山技術の向上につながる。
トレイルランにおいても、地図読みができるようになると、完走する確度が高まると私は感じている。
地図を使ってレース戦略を策定する
トレイルランにおいて地図読みができるようになる利点は何か。それは、コースの特徴を把握することで、レースの戦略を策定しやすくなることである。
地図読みが出来なくても、試走を通じてコースの特徴を把握して戦略を立てることができる。しかし、それができるのは地元で開催されるレースに限ったことである。
試走のために全国各地を飛び回るのは、時間とコストが掛かり効率的であるといえない。海外レースともなればなおさらだ。
従って、私は地図を有効活用して、レース前にスタートからゴールまでのルートを頭の中でシミュレーションし、戦略を立てた上でレースに臨むようにしている。
なぜそこまでイメージトレーニングを大切にするのか、それには理由がある。それは、実際に海外レースに出たことがある方にとって一度は経験したことがあると思うが、日本国内レースの感覚で海外レースに挑むと高い確率で面食らう。
なぜそうなるのか、海外での環境に慣れないことも要因の一つとしてあるが、それ以上に一番大きな要因としてコースの難しさがある。
国内レースでは、アルプスでレースが開催されることはまずない。開催されてもアルプスの麓での開催がほとんどで、山頂や稜線、峠を越えるレースとなると、日本では恐らくTJARくらいだけであろうか。
しかし、海外レースでは日本のアルプスを普通に登れる技術がないと、完走するのはなかなか難しい。UTMBもその一つであるといえる。
何度もアルプスを登ったことがある経験がある私でさえ海外レースに出始めた頃は、面食らったことが何度もあった。
しかし今では、レース前にイメージトレーニングをして、レース戦略を立てることで、安定して結果を残すことができるようになった。
私がイメージトレーニングの必要性を感じるきっかけとなったレースを紹介したい。
山の厳しさを知った欧州初レース
そのレースとは、イタリア・チロル地方で開催されたレースで、私自身、欧州初めてのレースであった。
Südtirol Ultra Skyraceという大会で、ちなみに過去に日本で完走したのは私一人だけである。日本人にはあまり知られていないレースの一つである。
このレースは以下プロフィールに示す通り、コースの約半分が標高2000m以上の高地を走るコースである。前述の通り、私自身アルプスに何度も登った経験があったので、楽に完走できると確信していた。
しかし、実際にレースに出てみると、とんでもなく難しいレースであった。UTMBより遥かに難易度が高く、これまで数多くの海外レースに出てきた中で、上位3本の指に入るくらいの難しさであった。
この大会のHPをみると、「The most extreme experience in the alps」と謳っているが、まさしくその通りだと思っている。
このレースの距離は120kmで累積標高は7,500mであったが、私は制限時間ギリギリで35時間かけて、やっとの思いで完走することができた。
その難しさを一つ紹介すると、以下写真の通りおよそ1キロも続くトラバースで、一歩間違えると滑落といった区間で、ヒヤヒヤしながら1時間ほどかけて通過したのを今でも鮮明に覚えている。
その当時は、イメージトレーニングやレース戦略を立てる習慣が全くなかった。しかし、このレースがきっかけとなり、レース前には必ず地図を使ってコースを分析し、走るコースのイメージトレーニングをした上でレース戦略を立てるようになった。
加えて、地図読みはレース選びにも一役買っている。エントリー時に地図からコースを分析し、そのレースの難易度を把握した上でエントリーをするかしないかの判断もできるようになった。
地図を山行記録として活用
このイタリアでのレースをきっかけに、地元の山地図も買うようになり、今では世界各国の山地図が30冊ほどにもなった。
これら過去に出たレースの記憶を忘れないために、今でも定期的にこれらの地図を見ることが多い。
今となってもどんな景色の中を走ったのか、どんな特徴のあるコースであったか記憶が残っている。ある種、地図を山行記録として活用している。
イメージトレーニングのために地図を読むとなるとハードルが高い。私自身も最初は地図読みに苦手意識を持っていたが、それを克服するために、自分が登った山を記録するためのツールとして地図を活用していた。
山行記録の手段の一つとして写真があるが、自分が登った山の想い出を写真だけに収めるのはもったいない。
私自身、山を全く登らない人と会話をすることがあるが、写真を使わずに自分の言葉で伝える方が、より相手に山の魅力が伝わると感じる。
一般的な書物と同様に、たくさん読めば読むほど、地図は自分の視座を高めるツールであると私は感じている。