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2022年6月7日

内坂庸夫

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多数は正義、多数は力。

小さい頃から「多数決」が大嫌いだった。「みんな=多数」と同じ考え方を持った人たちが正しくて、異なる意見や考えは認められない通らない。個性を大事にしよう、なんて言いながら真逆を教えてる。

大人になってよーくわかった。多数は力だ、ときに正義になる。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の通り、法律や秩序は「みんな」の前では無力になる。ヘンだけどこれが民主主義というやつらしい。

A)
1人が赤信号を無視して車道に飛び出し、クルマに(急ブレーキをかけたけど間に合わず)接触してケガをした。悪いのはどっちだ?

B )
10人が信号無視、10人がクルマに(急ブレーキをかけたけど間に合わず)接触してケガをした。悪いのはどっちだ?

C)
100人が信号無視したら?
1000人が信号無視したら?
1万人が信号無視したら?

1000人なのか1万人なのかわかんないけど、「みんな」が無視すれば「みんな」はいい人で、むしろケガをした被害者。そこに信号を設置したことが不正で、悪で、反社会的じゃないか。都や県、国が悪者になってしまう。

悪行でも愚行でも多数は正義、多数は力。こうやって戦争も始まる。

グループで山を走る人たち、グループで街を走る人たち、グループでトレーニングする人たち。レースやイベントを企画運営する人たち、それに参加する人たち。

「みんな」と一緒だと楽しいし、安全だし、やる気も出る。だけど一度考えませんか。

「みんな」は善人のつもりでもその日、その時間、そこに集まり活動することで、誰かに嫌な思いをさせていないかな、迷惑をかけていないかな?

リーダーは仲間でない人の声、地域の声を聞くようにしませんか? たったひとりでもわれわれを不愉快に思う人がいるなら、話し合って理解を求めませんか。どうしてもダメなら、その場所で、その活動はやめた方がいいと思う。

どんなに仲のいいグループでも、そのときの「みんな」は正義じゃない、戦争をしかけているバカモノと変わらない。

あなたの山に「トレラン等は禁止』の看板が立ちませんように。

「おまけ」
人はひとりのときは(たいてい)人でいられる。人は集団でいるときは(たいてい)リーダーまかせの、無責任で愚かで、お行儀の悪い動物だ。

PROFILE

内坂庸夫 | Tsuneo Uchisaka

「ヴァン ヂャケット」宣伝部に強引に入社し、コピーライティングの天啓を授かる。「スキーライフ」「メイドインUSA」「ポパイ」「オリーブ」そして「ターザン」と、常にその時代の先っぽで「若者文化」を作り出し、次はなんだろうと、鼻をくんくん利かせている編集者。
 2004年に石川弘樹に誘われ生涯初のトレイルラニングを体験(ひどいものだった)、翌年から「ターザン」にトレイルラニングを定例連載させる。09年に鏑木毅の取材とサポートでUTMBを初体験、ミイラ取りがミイラになって12年吹雪のCCCに出場(案の定ひどい目に遭う)そして完走。(死にそうになったにもかかわらず)ウルトラってなんておもしろいんだろうと、13年、UTMBの表彰台に立ちたい、自身の夢をかなえようと読者代表「チームターザン」を結成する。
 「ターザン」創刊以来、数多くの運動選手、コーチ、医者、科学者から最新最良な運動科学を学び、自らの体験をあわせ、超長距離走のトレーニングとそのマネージメント、代謝機能改善、エネルギー・水分補給、高所山岳気象装備、サポート心理学などを研究分析する。ときどき、初心者のために「100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)」講習会を開催してる。

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