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2024年8月26日

クワバラ

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Voices from Tokyo Vol.01 —仕事と社会とトレイルランニング

<< Voices from Tokyo >>
ランニングストーリーとカルチャーを発信する雑誌 LIKE THE WIND日本版にて、桑原が連載しているコラム「Voices from Tokyo」。Run boys! Run girls! のwebではLIKE THE WIND編集部の許可を得て、過去の掲載分を紹介していきます。

Voices from Tokyo Vol.01 ——仕事と社会とトレイルランニング

Like the Wind日本版01(2023/11発売)、木星RC通信より

WORDS BY KEI KUWABARA

仕事というものは自分と社会との交わり方の現れだ。

大学生の頃の僕は、そもそも人とのコミュニケーションが苦手だった。だから社会と関わるということに大きな苦手意識があった。でも、働かざるもの食うべからず。社会に出て生きていける自信は正直なかったけれど、何かしら働かなければいけない。

自分のような人間でも活きる業界をあれこれ探した結果ゲームクリエイターという職業を見つけた。人気で倍率の高い職種ではあったけれど、自分にあっていたようで、業界トップの2社から内定をもらうことができた。

アシスタント的ポジションながらやりがいのある仕事を色々やらせてもらったゲームクリエイターを4年ほど続けた。その後、カフェを付帯するフットサル場を作るために起業した。ゲーム会社への就職が自分と社会との接点探しだったのに対して、この起業は社会に対して自分の作りたいものが受け入れられるかという、自己表現、挑戦のフェーズだった。

起業した2002年頃、自分たちが作りたいような施設はまだ世の中になか った。カフェをベースにスポーツ&カルチャーをミックスした価値観を発信する、という僕たちの提案は、当初はなかなか受け入れられなかったものの、最終的には自分たちの施設やそこから発信した色々なイベントはそれなりに世の中に受け入れられたのではないかと思っている。

起業をしてから10年経った頃にフ ットサルの仕事をパートナーに任せ、僕はトレイルランニングショップを始め、今も続けている。就職とその後の起業で自分の仕事のフェーズが変化したように、トレイルランニングショップ、 Run boys! Run girls!(RBRG)を作ってまたひとつフェーズが変わった。僕は今、このショップの運営を通じて、世の中の役に立つ、ということを仕事の目的の中心においている。

2011年に起こった東日本大震災は、自分の身に直接の被害を及ぼさなかったものの、それは生活スタイルや仕事、経済との関わりかたを考える大きなきっかけになった。自分の経済活動が世の中の役に立っていると、少なくとも自分が思えるような仕事をしよう、という想いが、特に仕事においては確固たるものとなった。

でも、世の中に色々な仕事がある中で、どうしてトレイルランニングショ ップを世の役に立つための仕事として選んだのか? その背景には、とあるトレイルランナーとの出会いがある。

僕は2011年にトレイルランニングを始めた(そのきっかけは震災とは直接関係はなかったと思う)。最初は月に1回、20kmくらいのトレイルをのんびり走るくらいで、レースに出たりはしていなかった。

その当時から既にしっかりとあった日本のトレイルランニングコミュニティとの接点もなかったから、どこのコースやレースが良いとか、どんなギアが良いとか、そういう情報は自分の周りにほとんどなかったし、トレイルランナーの人物像も摑めていなかった。

20kmのライトなトレイルでお腹いっぱいな当時の僕からすると、100km、100mileを走るなんていうのはちょっと正気の沙汰とは思えなかったし、そういう距離を走るランナーたちを自分とは違う次元にいる人たちだと思っていた。

走り始めてから半年くらい経った2011年の11月頃だったと思う、僕はとあるトレイルランナーと出会った。「BORN TO RUNキッズ」とも言える敬虔なBTR読者だった僕は、あまりのBTR好きから友人にBTR日本語版の編集者である松島(倫明)さんとの食事会をセッティングしてもらった。その場に、そのトレイルランナーの彼がいた。

松島さんの話を聞きたくて食事会をセッティングしてもらった僕からすると、松島さんの5倍は喋るそのトレイルランナーのことを最初は訝りながら見ていた。のだけど、次第に彼の語り口や話す内容に引き込まれていった。

2012 年 の UTMF(現Mt.FUJI 100)──日本を代表するウルトラトレイルレースの第一回大会にエントリーしているという彼は、さまざまな経験や、100マイルに挑戦する自分の作戦などを話してくれた。

困難を前提として、いかにそれを乗り越えるかということに知恵を振り絞り、過去の失敗を恥ずかしげもなく笑い飛ばす彼のメンタリティがとても魅力的に映ったし、なんならそれは今の日本人にいちばん必要なものだとすら思った。

僕はウルトラトレイルに挑戦することで、自分にもそんなメンタリティが芽生えるならと思った。そして無謀にも「STY」(総距離82kmのUTMFのハ ーフカテゴリ)へのチャレンジをこの食事会の途中で決めた。結局松島さんとはほとんど話せなかった。それでもそれは自分の人生が大きく変わった夜だったと思う。

それから数ヶ月後、僕はとある10坪ほどの物件を借りた。トレイルランニングショップをオープンするためだ。あの夜、トレイルランニングというアクティビティをサポートすることで、世の中にこういうメンタリティを持つ人間を一人でも増やせるなら、それって世の中の役に立つよな、というイメ ージが湧いた。だからこの判断は間違 っていなかったと思っている。

今年2023年の4月で、そんなふうに始めたお店が10周年を迎えた。実は僕は10年も何かを続けてきたことはない。恥ずかしい話だが、大体のことは途中で飽きてしまうのだ。

でも、この仕事に関しては10年経っても飽きる気配はない。

僕自身も100マイルを完走するようなランナーになって、本当に多くのものを得て人生がとても豊かになった。僕の友人やお店のお客さんの中にも、トレイルランニングに触れることで人生の充実度が大きく変わる人がいるのを本当にたくさん見てきた。このアクティビティを多くの人に伝えたいという気持ちは、お店を始めた10年前よりずっと大きくなっている。

トレイルランニングに出会えて本当によかった。

(続く)
 

Like the Wind 日本版01の紹介

Like the Wind日本版01

Like the Wind 日本版01 は、Like the Wind Magazine日本版ウェブサイトにてご購入可能です。

Like the Wind 日本版#01では、パンデミックを経た世界でいま走ることはどういうことなのか、具体的にどんな変化を多くの人にもたらしているのかということをまとめています。
 
トレイルランニングやロード、トラックを問わず走る人/ランナーの声を、インタビューを通して。
 
走る喜びやメンタルヘルス、歴史、人種、都市と格差、チャリティ、コミュニティをいったテーマを、レポートや論説記事で。
 
古今東西のランナーのいまについて、随想やコラムで。
 
各地のランナーやジャーナリスト、作家が自分のスタイルで走ることとその世界がどんなものなのかを表現しています。
 
そこに描かれる「新しいランニング/NEW RUNNING」は、すでに私たちが知っていたことなのでしょうか、見たことのなかったものなのでしょうか。
 
ぜひ感想をお寄せください。

Like the Wind Magazine 日本版01目次

  • エディターズ・レター
  • ジョイ・オブ・ランニング 走ることはどんなことなのか
  • 世にも奇妙なトレイルランニングレース、バークレー・マラソンズの片鱗
  • バークレーを撮るということ アレクシス・バーグ
  • 走ることはつなぐこと ポストコロナ時代のランニングの風景:クルー・カルチャーの発祥といま/NYC、チアゾーン魔法/ベルリン、マイル21/ロンドン、ハックニーのキッズはどうやって機会を得るのか?、マリリンに近づく一年、シャーロッツビルのランナーからの聞き書き、ウルトラトレイルランナー、井原知一は何をつないできたのか?
  • 山のない国・リトアニアのチャンピオン ゲディミナス・グリニウスの旅
  • パンデミック・音楽・ランニング ジャイルス・ピーターソン
  • ランニング随想:ランナーの憂鬱 走ることとメンタルヘルス、世界7大陸最高峰を行く、ルーシー・ベアトリクスのモデル時代といま、見えているかしら?60歳の私も走るのよ、ラブレターl18本目のボトルを空けて 中毒者の回想、逃亡線、シリアスランナーになるための技術トップ20
  • RUN // CLICK フォトグラフィー
  • 湘南国際マラソンとマイボトル ザ・ノース・フェイスがつくる新たなスタンダード
  • 木星RC通信:ケニアにて 田中希実と過ごした午後、ランニングとカルチャーの交差点 LONO BRAZIL III、Voices from Tokyo 桑原慶、Meet the Runnerスペシャル 京都編・上野洋路とリッキー・ゲイ
  • ブックガイド『アメリカを巡る旅 3,700マイルを走って見つけた、僕たちのこと。』
  • きっとあるはずのコミュニティ 若林恵
     

Like the Wind 日本版、最新03号はRBRGで先行発売中!!

Like the Wind日本版の03号のテーマは、「南——Running South」。

東南アジアやアフリカなど、独自の文化を形成してきた「南」は、ランニングのレンズを通して今どのように見えるのか。ヨーロッパやアメリカ、日本にある政治的、象徴的な「南」は、どのように語られるのか。「ここ」とは違う世界の人々の声はどんなものか? 私たちの「南」とは?

『自由について』から始まるストーリー27編をまとめています。

詳細:Like the Wind Magazine日本版ウェブサイト

Like the Wind日本版の最新号である03号、一般発売は8/29からですが、Run boys! Run girls! の店頭では現在先行発売中です。

少しでも早く読みたい方は是非Run boys! Run girls!にてお買い求めください!

またRBRG BLOGでは、Like the Wind日本版の出版元である木星社藤代さんのブログも不定期連載中。こちらも併せてチェックお願いします。

PROFILE

クワバラ | Kei Kuwabara

Run boys! Run girls! 店主。体重が増減しがち。その分ダイエット得意がち。2020年に何かの大会で10位以内に入るプロジェクト」通称「にな10」を立ち上げるもコロナ禍やなんやかんやで頓挫。UTMF、UTMBや、Pine to Palm(Oregon / 100mile)、OMM (UK)などを完走しています。

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