快適を離れると自由になる #Tip of the iceberg Newspaper 18.


さてさて今までニュージーの自然、胃袋の変化についてお話ししてきましたが、最終回はヒッチハイクでニュージーを大移動したお話です。思いもよらぬ人、場所、言葉や境遇。2ヶ月半に及ぶヒッチハイクはある意味ギャンブルのようなもの、そのおかげで不思議な直感が冴えてきました。

そもそもヒッチハイクを選んだ理由は、もちろん交通費がかからないということがないでもないけれど、一番の理由は「普通に面白そう」ということでした。人間のつながりみたいなものがどんなもんか自分で見てみたい。普段街を歩いていて、こんなにも車が行き来しているのに、車の中はドライバー1人やん!と。後ろの席空っぽでっせ!と。それもみんな難しい顔して運転しているんで、みんなでシェアしたら資源も経済的にも助け合えるし、たわいもない話して楽しいのになぁということも決定の理由になりました。そして2ヶ月半、トレイルの最終地点から町に戻るシャトルバス2回を除き、あとはヒッチハイクだけで旅ができました。多くの人々に乗せてもらい、たくさんの出会いがありました。

ちなみに私たちはカナダはもちろん南アメリカのアルゼンチンでも何回かヒッチハイクで旅をしています。国境も誰かの家族の車に乗せてもらって超えて、「猿岩石ってこんな感じだったんだ」と妙に感慨深い気持ちになりました。ボリビアからアルゼンチンへ抜けるアンデス山脈でも、新車を運ぶレッカー車に朝3時から10時間ノンストップで乗せてもらったりしました。これがウユニ塩湖よりも忘れられない。それほど強烈な記憶として残っています。

(その車の中から見えた鏡の世界。アルゼンチン、ボリビア国境にて)

まぁまぁそんな私たちですが、ニュージーのヒッチハイク事情についてはなーんもわからず。とにかくやってみるしかない。どこで待つのがベストか、サインを書くべきか書かないべきか、ランダムな変人と思われないように髪の毛をしっかり結んでみたりと様々な方法を試しました。

そして試行錯誤を繰り返し、最終的に一番効果があったのは
・ケロズが前に立つ(男女1名ずついるのを分かりやすく)
・サインは英語と日本語で書く(えなになに何語?って感じでみんな興味持ってくれる&日本人が助けてくれる)
・サインにはスマイルマークを書く(これは地元観光局のアドバイスだけども実際効果があった)

あとは2人ともとにかくスマイル。しかし思ってた以上にがんがん車が止まってくれる!早い時は5分以内、平均すると15分くらい。一度2台の車が同時に目の前に止まった時には「え、私ってセレブなの?」という錯覚に陥りました。ドライバーたちは「どこいきたいん?」と聞いてきて「ほいほい、乗って乗って」って感じで乗せてくれます。ニュージー人、旅人(ヨーロッパ人が多い)、マオリ、そして日本人の方々にも時たま助けていただきました!チームジャパン!ARIGATO!


(いま気づいたけど日本語の読み間違ってるわ、、、グラノーキーじゃなくてグレノーキー‥‥。)

大体のドライバーは私たちに興味を持ってくれ、どこからきたのか、どうしてこのやり方で旅をしているのかなどから切り出し、そこからいろんな話をしました。あきらかに遠いと思われるトレイルの入り口までも「いいよ、送ってあげる」と言ってくれた若者、いろいろ行きたいとこがあるんだけれど、一緒にいく?と言ってくれる人。一人で寂しかったからちょうど良かった、と言う人。ガス代出します!と言っても「そういうのいいから!」とみんな受けとらない。。。

そうそうそういえばこのヒッチハイクってのはニュージーランドではある意味「公共交通機関」なのです。田舎の方に行けばいくほどその色は強いのですが、観光案内所で「このトレイルまでどうやっていったらいいですか?」と聞くと、「車かバスか、歩きかヒッチハイクですね」と普通にヒッチハイクを交通手段として勧めてくる(笑)。日本の観光協会で「ヒッチハイクで行ってください」って言われたことないなぁ。いいなぁニュージー。


(ヒッチハイク待合所も発見!しばし親指休憩。)

乗せてくれたドライバーも面白い人たちばかり。元気なお兄さん風ドライバーが、牡蠣の産地で有名なBluffという最南端の町のホテル兼バーのオーナーで、そのままホテルまで連れてってくれてピッチャーのビールまでご馳走になる。「そうそう、中国人や日本人が結構牡蠣食べに来るんだけど、俺のバー牡蠣の持ち込みのメニューがあって、どう頑張って説明しても「自分で牡蠣を買って持ってきたらこっちで調理するよ」ってのが伝わらねえんだこれが」というので「私が訳しましょう!」ということになり喜んで看板作成。そしたら追加でまたピッチャーのビールが出てきた(笑)。そしてそれに引き込まれるかのようにすでに中国人観光客来る!笑 少しはBluffに貢献できたのかなと思うと嬉しいです。


(ホテルの向かいのフードトラックからもお願いされ、こちらも看板作成。)

また5日間に及ぶHeaphy(ヒーフィー)トラックが終わって、Karamea(カラメア)という町にたどり着いた時のこと。ルイスがトレイルの最後の最後でハイキングシューズを無くし、裸足で歩いてやっとたどり着いたバックパッカー「Rongo」。着くやいなやフロントの人に「ヒーフィーおつかれ!って靴ないんかい!」と突っ込まれ、「ちょっと待てい。」と収納ラックをごそごそ。そして「これどうや、サイズ合ったら持ってっていいぞ。」少し大きいけれど使い古したシューズという完璧な状態。ありがたく頂戴しました。ああこの世界はバランスなのだ。そしてよくよく話を聞いていくと、この宿は「世界の果ての日本人」と「世界の秘境に嫁いだ日本人妻」という日本のテレビ番組に紹介されたお宿だそうなのです。そしてこの旅にいく前にお母さんからの手紙に「こんなところに日本人みたいな番組で、ニュージーランドの宿が紹介されていました。とっても辺鄙なところで町の名前は忘れましたが、とても素敵なところだったのでぜひ訪ねてみてください。」とあって、瞬時に結びついた!
「ここやん!!!(笑)」。


(オーナーのポールさんいわくこの近くでトレイルランニングのイベントもあるのだそう!)

このバックパッカーのお水は100%雨水のみ。オーナーの奥様の妹光代さんがシェフを務める晩餐会にも参加し、畑で採れた食材を使ったディナー、近くの国立公園でとれた鹿カレーなどなどいただき、全て絶品でありました。オーナーの奥様は早苗さんといって約13年間カラメアに移住して暮らしていますが、はじめは現地の生活に慣れず、長い間苦しんだそうです。それでも早苗さんの中でそのシンプルな生活の中に喜びや幸せを見出したと言います。

私もはじめカラメアに着いた時、本当に秘境というか誰もいないし、自然以外には正直何にもないなぁというのが第一印象でした。またそういった場所で暮らすとなると不便なことやうまくいかないことの連続だろうなぁとも。しかしカラメアを歩いてみるとなんだか不思議な力がある。なんとも心地の良い、自由な気持ちになれる何かがある。またそんな場所で暮らす人たちと話をしたり、夕食を共にできて、自然と人の結びつきの面白さを感じました。そしてそんな早苗さんたちが10月に日本で『Living in peace project』というカラメアのライフスタイルを共有してくれるイベントを開催するそうです!詳細が決まり次第、早苗さんのウェブ(https://raw-beauty.jp/)にて情報がアップされるそうなので、興味のある方はぜひ行ってみてください。

さらに日本から旅行で来ている美沙さんという女性にもここRongoで出会い、「明日ここに行くんですけど一人で行くのちょっと不安なんですよね‥‥。」ケロ「はいはいはーい!ここに一緒に行きたい人いまーす!」と立候補。どんどん別の方向に行ってみる。

(美沙さんが誘ってくれなかったら絶対知らなかった場所Oparara Basin。写真じゃ伝わりにくいけれどもめちゃ広い、高い。)

そのほかにもヨガ仲間が体調を崩しててお見舞いに行くから、一緒に行くか?と言うランダムな誘い、50歳を超えて仕事を辞め、奥さんとも離婚。「今は少し難しい時間だけれども、ずっと一人旅みたいなことがしてみたかったから、いまやってみてる。行きたいところがいろいろあるんだけど良かったら一緒に行く?」という別のお誘い、その後一緒にとんでもなく長い洞窟を探検したり。北島のワンガヌイ川のカヌー旅で出会ったフランス人カップルとは何度も連絡を取り合い、その後幾度となく車に乗せてもらったり、ハイキングに行ったり。


(Wharariki Beachという魔法の場所。洞窟がいっぱいあって中を探検できる。)

また面白いのが地元のおじさんたち。「君たちね、分かってないね。」という感じで切り出し、「俺がヒッチハイクのベストスポットに連れってたるわ」ということで、高速道路の手前まで乗せてくれるということがいろんな場所でありました。優しいなぁ。

あとはバス。絶対止まってくれないだろうと思っていた観光バスと高速バスが私たちを拾ってくれたこともありました。「ええええ!」と思って路線バスの運転手に「いくらですか?」と尋ねると、「バスを降りたら、僕は君たちを見ていない。君たちは私を見なかったことにしてくれ。」とスマイルをくれ、「とにかく乗りんしゃい」というドライバー。観光バスではいろんなところにストップして観光客に混じって観光地巡り、バスの中では周りのみんなから「何時間ヒッチハイクしたの?」「どっから来たの?」と歓迎され、予想だにしない楽しい時間を過ごさせてもらいました。


(Wanakaという町。Roy Peakという急登のデイハイクにて。)

ヒッチハイクがなかなかうまくいかずとぼとぼ何もない道を歩いているとめっちゃちっちゃい段ボールに「ガーデンがあるよ。よかったら寄ってってね。」との文字。なぬなぬ面白そうやないかい。進んでいくと今度は正式な看板発見。「マジカ‥マジカル‥‥ん?マドリガルガーデン?」なんとも言えないこの看板にどんどん誘われ歩いていくとフルーツや野菜がめきめきシャキシャキ生えた元気いっぱいのガーデン。そしてわんちゃんが私を出迎え、奥の方から「へーいおいでおいで~」との声。

さらに進むとあんぎゃー!マジカルワールドでした。「まぁまぁ座って」ということで「お茶いる?てかお腹すいてる?」と聞かれ、断る理由なし。ガーデンで採れたての野菜のサラダを出してくれました。美味。名前聞くの忘れちゃったけども、この方今はガーデンでいろんな種類の野菜と果物を育てていて、ここに訪ねてきた人に振舞っているのだそう。

「もし寝袋あれば、あそこで何日か寝てっていいよ。」とガーデン中の屋根付きのスペースまで提案してくれて、なんというミラクル‥‥。私が訪ねた時はほかの2人のボランティアがいて、ガーデンのお手入れを手伝う代わりにご飯と寝床を提供してもらっているとのこと。でもどこにも案内を出しているわけでもなく、どこからともなくランダムな人が私たちのようにやってくるのだそうだから不思議。

夏はこの雨水が溜まったプールで泳ぐのだとか。カヌカという植物が落ちて、そのおかげでこの赤茶色の水になっているんだけども、それがお肌を潤す効果もあるらしく、温泉的な立ち位置らしい。この土地を買う前は別の家に住んでいて、ご飯の食材はスーパーへ、どこかに遊びにいくのも外へでかけて、よく考えてみると「家の存在てなに?」という問いがあったそう。自分のためだけの自給自足という考えではなく、そういうふらっと来た人が休んだり、寝たり、食べたり、考えたり、作ったり、そんな場所を作りたいのだそう。先ほど話したRongoしかり、パーマカルチャーというものを実践している人たちをこの目で見ました。

自分の生きる環境を自分で整えて作り出す。良い土壌さえあれば草木はぐんぐん伸びる。ガーデンやお宿も素敵だったけれどもそこで出会った人たちもとても生き生きしていた。自然に寄り添って暮らすというのは大変だろうけれど、その中での幸せや楽しみを自分たちで見出していてすごいなぁ。


(スチュワート島にて風がないのに風が吹いてるみたいな草。)

そんなランダムな出会い続きのヒッチハイキング。でももちろん楽しいことばかりではなく、全く予定通りにいかないのがヒッチハイクの醍醐味。この日はここに行きたい!というのが叶わないし、今まで5分前行動で生活してきた私にとってはこの未知のスケジュール感は実はかなりのチャレンジ。予定を立てすぎるのはいやだけど、まったく予定を立てないってのも怖い。多分他の人からすると「流れに身を任せる」みたいな、ふらふらしているように見えるかもしれないのですが、意外にもふらふらするには頭がいるのです。だんだんそのスケジュールのズタボロ感にイライラしてしまっていた時にルイちゃんに言われた言葉。

「今の時代はみんな自分の目的地しか見ていない。手で表すとぐー。でもそれではただの観光客。目的地にいったという事実が目的地になってる。目的地に行って写真撮って終わり。でも旅をすることはその手を広げること。人生で一度も予期していなかった人やもの、時間に出会うこと。自分の目でその流れをみること。その全てを思い切って受け取ることが旅をすることだと思う。絶対に出会うことのなかった人たち、交わすことのなかった会話、行く予定のなかった目的地に行くことができる。うまくいかないことをあらかじめ受け取って旅をするんだよ。だからヒッチハイクは楽しいんだと思う。」


(雨のおかげで虹の端っこが目の前。)

そうか。そうだったのか。この言葉に助けられて、よっしゃ一見損に見えることをどんどん受け入れよう。ズタズタのスケジュールで最後まで行ってみよう!そういえば前にスースーさんにも「ケロちゃん損受け入れなきゃダメ!」みたいなことを言われたな。ありがとうスースーさん!今理解しました!(おせーわ!笑)


(Abel Tasman Coast Track道中にて。)

それができると今度は気が楽になるのです。「うまくいかない旅」を前提で日々進んでいると思えばだんだん楽しい。止まってくれた車の行き先が自分たちの行きたい方向じゃなくても一緒に行ってみるととんでもない場所だったりする。いつもそれだと疲れてしまうけれど、そういう時があってもいいのかな、と。またこの旅で自然の中にどっぷり浸かり、ヒッチハイクを繰り返しているうちに、直感というか、第六感みたいなものが冴えてきたように思います。


(どこかで見たトイレ。)

毎日テントで寝ていると、木の根っこや小石、土のひんやりした冷たさ、また鳥の声、風、いろんなことを無意識に感じ取っていて、それが直感のようなものに結びついているんではないかと。ヒッチハイクを繰り返しているうちになぜか「あ、あの車は止まってくれる」ってわかる。あ、多分あそこに何か動物がいるってわかる。それはその無意識の中に蓄積された何かが直感となって現れているんじゃないかと思うのです。

昔小学校の教頭先生がカマキリは積雪を予想することができると言っていて「カマキリの卵を見つけたら、その少し下まで今年は雪が降るよ。彼らにはそれがわかるんだ。彼らは雪に埋もれないギリギリの高さに卵を産むんだよ」と言っていたのをふと思い出しました。地震が来る前に動物たちが逃げ出すのも、何かを感じ取っているからだと思います。


(カマキリさ〜んそっちはルイス山だよ〜)

そして自然の中にいると、いろんなものと共存して生きていたんだよなぁって思い出すことができる。スタジオジブリのかぐや姫を日本大使館の映画祭で先日改めて見たんですが、その中で「鳥 虫 けもの 草 木 花〜」っていうわらべ唄があるけれどあぁそうそう、その通り。いろんな命があるんだよなぁ、人間だけの世界じゃないんだよなぁと。そういった感覚が私たちにももっとあったんだろうなぁと、そう思わせてくれた旅でした。と同時にそういった感覚が都会に帰ってくると急激に鈍り、弱ってきた‥‥。むずかしい。


(ニュージーランドシーライオン。おおきいなぁ。)

さてさてこの旅の最後に、毎度登場するあのフランス人カップルが現在私が住んでいる首都ウェリントンまで会いに来てくれました。この2人はニュージーランドの自然をテーマにドキュメンタリームービーを絶賛制作中で、その中に私とルイちゃんに登場してほしいとのことで、インタビューを受けました(笑)。ただ質問が「Why did you leave?」というもので、どうしてそこ(それ)を去ったのですか?というあまりに漠然としたもの。そしてそのそこ、それにかかるものは何でもいいと。なぜ日本を去ったか、なぜ新潟を、なぜ都会を、なぜ快適な生活から離れるのか。旅が終わった私の頭にはそんな言葉が浮かんできました。そしてよく考えてみると、あぁ、あの曲がり角を曲がってみたい。そんなふとした好奇心が常にあって、それを曲がるように自分で仕向けているように思えてきたのです。


(にゅるにゅる木のトナカイがこんにちは。)

ひとつの場所に留まれば、友達や家族はいるし、信頼できるお医者さんや環境がそばにあることは本当にありがたい。でも同時にそこに留まっていては、その快適さのベットに寝転んでいては、この曲がり角が見えへんなぁとなるわけです。海外の生活も楽しいことばかりじゃないし辛いこともあるけれど、そうやって自分の足で歩いたり食べたりすることで、私はフリーダムを感じることができるなぁと。インタビューに答えながら、「あぁ私ってそんなこと考えてたんだぁ」とパンチをくらってこの旅を締めくくりました。

でも都会に帰ってくると食べたかったものが食べれたり、図書館行けたり、モカチーノ飲んだり、普段当たり前にあったものへのありがたさが身に沁みる。そういう意味で快適から離れるといろんなことへの愛や感謝に気づくこともできる気がします。

快適を離れると自由になる。


(フレンチカップルとハイキング中。Wanakaにて。)

長くなりましたが、私の冒険がみなさんの冒険の自由席を少しでも確保できたら幸いです。ニュージーは現在冬、雨が多くてさむっでございます。涙
ニュージー生活はビザの期限の11月まで、その後はインドとネパールに数ヶ月間滞在予定です!歩いたり走ったりいろいろ企み中。ではみなさんも夏のトレイルを颯爽と駆け抜けてくださいまし~!

チャオ!

keroz(ケロズ)

ランナー、1987年、新潟県長岡市生まれ。

本名吉村静。
京都造形芸術大学卒業後、
ランニング専門誌「ランナーズ」編集者として日本中を駆け巡る。
その後はカナダのバンクーバーに2年滞在し、
現在はニュージーランドの首都ウェリントンにてワーキングホリデー中。
幼少期からとにかく走ること、自然の中での遊びが好き。
フルマラソンの自己ベストは3時間39分56秒(2014年名古屋ウィメンズ)。

Run boys! Run girls!オフィシャルウェブサイトにて自身のスポーツライフを語る
Tip of the iceberg Newspaperを定期的に発行中。
Instagram: https://www.instagram.com/tip_of_the_iceberg_newspaper/

足が速いだけでは勝てないマラソンなど、
今のオリンピック種目にはない新しいスポーツを作り、
その競技だけで行う「ケロリンピック」開催に向けて日々活動中。
また自身のスポーツマガジン「My Sports Magazine」発刊に向け
世界のスポーツのかけら(iceburg)を探索している。