トレイルランニングでの体調管理講座「低体温症のしくみと対応 1/4回 〜体はどう熱を生み出すか」
2020年、Run boys! Run girls! では、よりトレイルランナーのみなさんの役に立つ情報を発信していきます。定期コンテンツとしては、新しいブロガーのみなさんに参加いただいて毎週様々な情報を発信していただきますが、それに先駆けた新春企画として「低体温のしくみと対応」について、現役の医師でありレースでの救護やDMATでも活躍されている”もりもり先生”にご寄稿いただきました。
トレーニングやエネルギー補給に関しては多くの方が意識しているのに対し、レース中の体調管理についてはそのしくみや対応に対しての知識が足りない方が多い印象があります。ですが、それこそその体調管理によってレースのタイムはもちろん、完走の可能性、もっと言えば安全にレースを終えれるかどうかが大きく左右されるわけで、知っておいたほうが良い知識なのは間違いないです。
もりもり先生のテキストは専門的ではありますが、非常に読みやすくわかりやすいです。ちょっと内容が長いので、全4回にわたってお届けしますが、お正月ののんびりした時間に読むには丁度いいと思います。今後の皆さんのトレイルランニングにお役に立てれば幸いです。
2020/1/1 Run boys! Run girls! 桑原
はじめに
みなさまはじめまして。森田孝次と申します。実際の友達からもネットでも「もりもり先生」と呼ばれてますが、先生はつけなくていいので見かけたら気軽に「もりもり」と呼んでください。
普段は小児病院に勤務しており、そこで子どもたちの診療をしています。また、災害時にはDMATとして参集し現場へ向かいます。たまの休みにはのんびり山に行ったり、トライアスロン、トレイルランニングの救護なんかをしています。普段の診療では成人の外傷や低体温・熱中症は経験しないので、スポーツの救護の現場では本当に多くのことを学ばせてもらっています。
DMATとは「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と定義されており※、
http://www.dmat.jp/dmat/dmat.html
災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team の頭文字をとって略して「DMAT(ディーマット)」と呼ばれています。
※平成13年度厚生科学特別研究「日本における災害時派遣医療チーム(DMAT)の標準化に関する研究」報告書より
医師、看護師、業務調整員(医師・看護師以外の医療職及び事務職員)で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、急性期(おおむね48時間以内)から活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チームです。
今回は【低体温症】がテーマです。
2019年のUTMFは当直中、職場で応援してたのですが、雪が積もる中、多くの選手が低体温となり、救護室はさながら野戦病院のようだったとのことでした。他にも、毎年冬に開催されるITJでも気温がとても低いので、仁科や土肥駐車場あたりでは低体温になって救護所にくる選手がたくさんいます。今日はそんな低体温について、トレイルランナーとしてどのような対策をしたらいいのか、一緒に考えて行ければと思います。
話が長いので、全4回に分けてゆきます。
まず前半の2回で熱のやりとりとして「熱の産生」と「放熱」について。後半の2回で「低体温症の評価」と「予防と対策」を扱おうと思います。少し難しい話もあるかもしれませんがよろしくお願いします。
<< 低体温症のしくみと対応 >>
第1回:熱の産生(本記事)
第2回:放熱
第3回:低体温症の評価
第4回:低体温症の対応
では本題に入ります。
低体温でも熱中症でもいちばん基本となる熱のやりとりについてなのですが、これは原則があります。それはInとOutのバランスが大事、ということです。
たとえばお金を想像してみてください。年収が1000万あっても、年間1500万使ってたら赤字です。それと同じように、身体の『熱』にも収支のバランスがあります。熱中症や低体温を防ぐにはこれら熱の収支をうまくコントロールすることが大切です。
第1回「熱の産生」
ポイント
▽熱の産生には3つの要素がある「非ふるえ・ふるえ・運動」
▽熱を産生するには、燃料(たべもの)が必要
▽「ふるえ」が出たらすでに危険
▽トレイルランニング中は3要素のうち「運動」しかあてにならない
▽どうやって熱を産生するか
まずはじめは「ヒトは、どのように熱を産生する(=うみだす)のか」についてです。
これには3つの要素があります。
- 非ふるえ性熱産生
- ふるえ性熱産生
- 運動
以下、少し解説します。
1.非ふるえ性熱産生
人間は恒温動物(=気温や水温など周囲の温度に左右されることなく、自らの体温を一定に保つことができる動物)です。そのため寒い日ではエネルギーを消費して熱を産生しています。実際、基礎代謝としてだいたい1時間あたり体重(kg) kcaL程度のエネルギーを熱に変えており、これにより人間は気温が何℃でも大体一定の体温を維持しています。
2.ふるえ性熱産生
寒いとき全身がブルブルふるえます。これを専門用語で「シバリング」と呼びます。ふるえが見られる体温が何℃からなのかは文献によって多少の違いがありますが、どうせ野外で正確な体温なんて測れませんからあんまり気にしないでください。
ようは身体が「ヤベェ」と感じてる時に「ふるえ」るんです。
アレです、めっちゃ喧嘩が強そうな格闘家が本気で向かってくる時「ヤベェ」って思って身震いしますよね(ちがいます)。自分も相手も独身で、すげぇ美人(イケメン)とサシで飲む約束した時なんか「ヤベェどうしよう」って身震いしますよね(ちがいます)あとトイレで立ちションする時も、さいご身震いしますねそれです(だからちがいます)
・・・話を戻します。これは外気温はあまり関係がありません。氷点下の雪山のテントの中、寒くて歯がガチガチしてるのも、夏の大会なのにたくさんの汗をかいてエマージェンシーシートに包まって震えてるのも、現象は同じです。身体が熱を産生させようとして起こっているということです。暑ければ起こらないというものではありません。
ふるえは発生する熱量は大きいのですが、消費するエネルギーも大きいので燃料(食べ物)が大量に必要です。
なんども言いますが、ふるえが出たらそれはすでに低体温症の症状であり「やばい」んです。もしトレイルランニングの途中でこの「ふるえ」が発生したら、早急に対策を立てないと手遅れになります。
ちなみに、顔や股以外のほとんどの筋肉に「ふるえ」は現れ、だいたい基礎代謝の3-5倍の熱を産生するそうです。(*1) つまり、ふるえのエネルギーは3-5METS*くらい(早歩き程度)の熱産生量だと推測できます。いきなりMETSなんてへんてこりんな単語が出てきましたが、これ知ってると便利なので覚えておいて損はないです。厚生労働省のリンク貼っておきますね。
*METS:身体活動の強さを、安静時の何倍に相当するかを表す単位https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/11/s1109-5g.html(厚生労働省)
具体的には、体重50kgの人ならふるえによって1時間あたり、150~250kcalくらいのカロリーを消費します。市販のジェルがだいたい100~120kcalですから、ジェルを2個しっかり食べておけば1時間くらい持つ計算です。
3.運動(行動性熱産生)
結局、「たくさん食べて動く」が正解です。当たり前っちゃあ当たり前なんですが、運動をすれば暑くなり汗をかきますよね。つまり、熱が生まれます。人の生活において熱の産生量としてはこの『運動』がもっとも大きく、トレイルランニングにおける低体温の予防、という観点からは圧倒的に運動が大切になります。
その消費エネルギーですけど、色々意見はありますが、登山のMETSは8なので、トレイルランニングのMETSは10(8-12)くらい(ペースやその人の身体能力によってMETSは変わります)だとすると、運動によって発生(消費)するエネルギーは基礎代謝の10倍くらいだと思っていてください。
なので必要なカロリーはふるえ以上です。体重50キロの人なら、1時間あたり500kcalくらい必要になります(実際には元気な人なら走りながら脂肪を分解しますので、ここまでカロリーは必要ないです)。とにかく沢山食べないと低体温は予防できませんし良くなりません。これを読んでいる皆様はトレイルランナー(か、それに近い人)でしょうから、だいたいご自身が1時間おきにどのくらいの補給が必要なのかを把握していると思います。寒い日は特にいつもより多めに補給をするよう心がけてください。
▽結局、低体温の予防に役に立つものは?
基礎代謝での熱産生はあまりあてになりません。そして何度も書きますが「ふるえ」は発生したらすでにヤバいです。とすると正直、熱産生は運動しか役に立たないので、いかに「運動を止めずに動き続けるか」を意識する必要があります。
そうは言っても汗だくで入ったトレイルの登りで、土砂降りの雨の中で渋滞が・・・
どうすりゃええねん!
というのはその通りだと思います・・・。動き回れないならその場で屈伸(スクワット)をするのが現実的ですが、前半ならまだしも、何時間も走って疲労が溜まった大腿をここで酷使するのは辛いです。熱が十分に産生できない時は、熱が逃げないように工夫をするしかありません。そのために、どのようなメカニズムで熱が逃げてゆくのかを知る必要があります。
家庭でも、収入が急に減ったら財布の紐をきつくするしかないですものね。
次回、第2回はそんな財布の紐の締め方「放熱」についてです。
<< 低体温症のしくみと対応 >>
第1回:熱の産生(本記事)
第2回:放熱
第3回:低体温症の評価
第4回:低体温症の対応
参考・引用文献
(*1) 紫藤治:体温の調節システム、小児内科:Vol.46 No3,2014
筆者|もりもり(森田孝次)
小児科医でありランナー。トライアスロン、トレイルランニングのレースで救護医を担当することも多い。
https://twitter.com/moritako1121