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2022年3月4日

内坂庸夫

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自分に怒り、自分を殴って走る

もうひとりの自分に出会ったことはありますか?
ましてや、戦ったことは?
ウルトラを走るつもりなら覚悟しておきましょう、
自分をやっつけなきゃいけない。

《志村裕貴/大峯奥駈道FKT》の同行取材、最後の最後でそれが起きた。
・・・・・・・・・

吉野からすでに35時間走り続けている志村裕貴。大峯奥駈道(おおみねおくかけみち)をやっつけて熊野本宮大社に参拝し、そして中辺路(なかへち)へ入っている。志村は熊野那智大社を、その先の太平洋をめざしている。

中辺路最初の山塊、小雲取越の下りで志村は足首に痛みを感じた、テーピングをしてみる。そしてふたつ目の山塊、大雲取越の舟見峠。もう上る山はない。この先は那智大社に下るだけ。

先を行く宮﨑喜美乃に後ろから志村の怒号が聞こえてきた。

「こんなところで自分に負けるのか!」「おまえ、このためにがんばってきたんだろ!」

足首の痛みに耐えられない自身に対する怒りだ、自分に怒鳴っている。

宮﨑は密かに思った「よおし、スイッチが入った」。志村のペースで走らせよう、志村を先に行かせる。

前に出た志村はさらに大声を上げる、拳で自分の太ももを叩きはじめた。

「動け動け、動け、バカ野郎」

なにかにとり憑かれたように、志村は闇の中を駆け下る、速い速い。那智大社の鳥居で待ち構えるスタッフの前を素通りして、ついには那智海岸への舗装路を突っ走ってゆく。

どうした? なにが起きた? 

志村の勢いは誰にも止められない、那智駅の駅舎の下をくぐり、海岸に出た、その先に道はない。熊野古道141km先には闇夜の太平洋が待ち構えていた。志村は砂浜に駆け込み、自分に負けなかった自分を祝福している。仲間が追いついた。

やはり熊野には神がいらっしゃる。

志村裕貴/大峯奥駈道FKT (吉野金剛峯寺から那智海岸まで)
141.37km 36時間29分14秒

・・・・・・・・・
ターザン特別編集「トレランの教科書」(3月3日発売)から

PROFILE

内坂庸夫 | Tsuneo Uchisaka

「ヴァン ヂャケット」宣伝部に強引に入社し、コピーライティングの天啓を授かる。「スキーライフ」「メイドインUSA」「ポパイ」「オリーブ」そして「ターザン」と、常にその時代の先っぽで「若者文化」を作り出し、次はなんだろうと、鼻をくんくん利かせている編集者。
 2004年に石川弘樹に誘われ生涯初のトレイルラニングを体験(ひどいものだった)、翌年から「ターザン」にトレイルラニングを定例連載させる。09年に鏑木毅の取材とサポートでUTMBを初体験、ミイラ取りがミイラになって12年吹雪のCCCに出場(案の定ひどい目に遭う)そして完走。(死にそうになったにもかかわらず)ウルトラってなんておもしろいんだろうと、13年、UTMBの表彰台に立ちたい、自身の夢をかなえようと読者代表「チームターザン」を結成する。
 「ターザン」創刊以来、数多くの運動選手、コーチ、医者、科学者から最新最良な運動科学を学び、自らの体験をあわせ、超長距離走のトレーニングとそのマネージメント、代謝機能改善、エネルギー・水分補給、高所山岳気象装備、サポート心理学などを研究分析する。ときどき、初心者のために「100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)」講習会を開催してる。

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