トレイルランニングでの体調管理講座「低体温症のしくみと対応 4/4回 〜低体温症の対応」
みなさんよりご好評を頂きました新春特別企画、トレイルランニングでの体調管理講座「低体温症のしくみと対応」もいよいよ最終回。今回は、実際に低体温症になりそうな場合の予防や、なってしまった際の対応をご紹介頂いています。第3回、第4回と少し専門的な内容に感じられるかも知れませんが、低体温症の度合いを計ること、またいざというときに素早く対応できることは、自分だけでなく、周りの誰かの不測の事態にも必ず役に立ちます。是非、頭に入れておいていただけると嬉しいです。もりもり先生、素晴らしい記事をご寄稿頂きありがとうございました。
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第1回:熱の産生
第2回:放熱
第3回:低体温症の評価
第4回:低体温症の対応(本記事)
第4回 低体温症の対応
ポイント
▽【予防】は、補給・動く・着替える(可能なら)
▽【対処】は、補給・着替える・隔離・保温・加温
▽【救助要請】は、救急隊や救助隊(または大会中であれば救護本部)に連絡し、隔離・保温・加温
目次
【予防】
・寒くなってきた。このままだと低体温になるかも。という場面でどうするか。
→ ①補給、②動く、③着替える(可能なら)
①補給
具体的な指標は以下のとおり(個人差あり)
- カロリー(体重×2)
- 水分(約500mL)
- 塩分(ヒマラヤ岩塩タブレット1粒または塩分300mg程度)
以下、詳細を書きます。
今回、RBRGの桑原さんにこのお話をいただいてから自分なりに低体温症の予防や治療に関して色々調べたのですが、カロリー・水分・塩分ともに「補給したほうがいい」とはあるのですが、それらを実際どの程度補給するのが適切か書いてあるものは殆どありませんでした。なのでこれは僕の持論であり、ひとつの目安だと思ってください。どの程度がいいのかはその時の状況とかその人の経験の方が優先されます。
<カロリー>
目安:体重(kg)×2(Kcal)
トレイルランニングのMETSをだいたい10だとして、1時間に体重の約10倍のカロリーを消費します。体重50kgの人なら500kcaLくらい。そのうちだいたい30%くらいは口から入れたいので、1時間あたり150kcaLくらいが本来必要です。走りながら、しっかりと補給しているつもりでも、意外に足りなかったりすることが多いので、通常の行動食としてのジェルなどとは別に、50-60kgの人ならジェル1個分程度(100-150kcaL)を補給しておけば、熱産生にも役に立つでしょう。
<水分>
目安:のどが渇いていれば約500mL、そうでなければその半分(個人差あり)
程度の差はあれ脱水は必ず起こっていますので、水分の摂取も必要です。汗をかきやすい人、そうでもない人、その日の気温その他、その量の目安は個人差がとても大きいので数字は出しにくいのですが、喉の渇きがあるかどうか※を一つの目安にします。
※ヒトは約1%の脱水で喉の乾きが出現します(*7)。体重50kgの人なら喉の乾きがあれば最低でも500mLの脱水があります。
具体的にどの程度の水分補給が必要なのか、に関しては指針には、脱水量の7割以上を補給するようにしましょう(*8)と記載がありました。またこの指針には、脱水量がわからない場合には、体重(kg)×行動時間(h)×5mLを一つの目安にするとあったのですが、トレイルランニング中は最大で1時間に2リットル程度の汗が出ますので、汗が多い人少ない人で個人差が大きいです。実際、僕自身はこの計算式に当てはめると水が全然足りなくなるので、やはり個人差が大きいようです。
<塩分>
目安:ヒマラヤ岩塩タブレット1粒
これも完全に持論です。塩はとりあえず300mg補給。塩入りジェルやOS-1などを飲んでるなら塩分だけの補給の必要なし。以上。
ちなみに僕はトレイルランニングでも登山でもトライアスロンでも、尿さえ出ているならば「ヒマラヤ岩塩タブレットを1時間ごとに2粒食べる」と決めています。塩が足りなくなると足がつったり頭がぼーっとしてきます。腎機能が正常ならば多すぎる塩分は尿から出るし、足りなくなるよりいいや。と、あんまり頭使わずに飲んでます。
(ちなみに「尿さえ出ているならば」の部分はとても大切です。尿さえ出ていれば身体がある程度自然にバランスを取ってくれるからです。尿が出ていない状況は、水分が多いのに腎機能が悪いのか、腎機能は問題ないのに水分が少ないからなのか、どちらも問題ないのに尿道に問題があるのか、簡単には判断がつきません。良かれと思って行った対処法がが逆に悪化させる原因になる可能性があるからです)
ヒマラヤ岩塩タブレットは、ラムネみたいな小さな塩のタブレットで、Amazonや好日山荘などで400円くらいで売ってます。NaCl 300mg /粒なので、量が決めやすい・塩のパウダーじゃないので飲みやすいという利点があり、トライアスロンでもトレイルランニングでも多用しています。
②動く
第1回の熱の産生でもお話しましたが、低体温の予防には「たくさん食べて動く!」が正解です。走れるなら走る。無理なら早歩き。渋滞で前に進めないならスクワット※をしましょう!
大会中、渋滞の中で突然スクワットしてたら「あの人ちょっとアレじゃない?」「近寄らない方がいいよね」と噂になること間違いなし!
※寒い時、身体がブルブルふるえる時は大腿四頭筋を動かすのが一番温まる。と某田方消防の特別救助隊のN島さんという方から教わり、それ以来、寒い時ぼくはスクワットをしています。
③着替える(可能なら)
風、雨、汗の条件が重なると、蒸発と対流により急速に体温を奪います。そのため・濡れたまま渋滞に入った場合やエイドなどに到達した際には、濡れたものは脱ぐ・着替えるということも予防につながります(状況的に可能ならば)。
そのために、ドロップバッグには常に乾いた着替えとタオルを入れておく、練習で山に入る時にはリュックの中にも乾いたTシャツを一枚入れておくなどの工夫があると良いかもしれません。
【対処】
・低体温症(Ⅰ度)になってしまった。という場面です。まだなんとか自分で対応ができる場合がありますが無理はしないでください。
→ ①補給、②隔離、③着替える、④保温、加温
①補給
予防の補給とは異なり、運動により脂肪燃焼等が期待できないため、筋グリコーゲンが枯渇しないようしっかりとした糖(炭水化物)の補給が必要です。目安は予防の時の倍の量。ジェルなら2個(200-300kcaL)を目標にしましょう。寒くても歯がガクガクしていてもちゃんと食べる。とにかく食べる。暖かいスープやお茶漬けみたいなものでもOK。
経験的には『温めたポカリスエット』と『ホットカルピス(ちょっと濃いめ)』が僕の中では2大勢力で、次点に『温かいミルクティー(嫁の好み)』が続きます。
②隔離
低体温症は、はじまると一気に進行しするため、とにかくそれを防ぐことが大切です。そのためには、前述した放熱の4つのメカニズム(蒸発・輻射・対流・伝導)を一つ一つ潰してゆく必要があります。
- 地面からの輻射と伝導を防ぐため、マットや防熱シートなどを敷く
- 雨風による対流と蒸発を予防するため、雨風を防ぐシェルターを作る(雨具でもツェルトでも雨風が凌げる場所まで移動でもなんでもいい)。エイドなら屋根と壁があるところへ(たいていの救護所はそうなってます)。
③着替える
蒸発による放熱はとてつもなく大きいです。濡れた衣服は素早く着替えさせてください。
④保温・加温
あれば毛布や寝袋で。なければエマージェンシーシートに包まり保温をします。
そして可能な範囲で、ナルゲンボトルやハイドレーションにお湯(熱湯不可)を入れて抱っこさせる(プラティパスだと熱湯でも大丈夫です)
会話が可能で震えがしっかり出ている人なら、以上をしっかり行えば回復します。自力でなんとかできる人もいるかもしれません。
この間に通信手段を確保し、大会中なら本部と連絡を、または、いざという時のために携帯の電池や電波が問題ないか等、通信手段を確認しておきましょう。
【救助要請】
命に関わるのでギャグなしでいきます。
- 迷わず大会本部へ連絡(大会中でなければ救助要請)
- 連絡しおわったら、隔離・保温・加温
- 命に関わります
現場で出来ることは限られています。できるだけ早く高度な治療が出来るところに運ぶ必要があります。
連絡と処置はどちらを優先するのか?ですが、(周りに人がおらず、自分一人なら)連絡を優先してください。(連絡を頼める誰かがいるのならその人に連絡を頼んで)隔離・保温・加温を始めてください。
なるべく安静にして可能な範囲で安全な場所(屋根と壁がある場所)に避難して、濡れた衣服は脱がせて乾いた衣服や毛布、エマージェンシーシートなどで包みます。
近くにそういった建物が無ければ雨具やツェルトなどで雨風が避けられるようシェルターを作ってください。
状況が許せば元気な人の肌で温めるのもOKです(エッチな妄想してるそこの男子、画面の前に正座!)。
救助が来るまで側を離れないようにし、なるべく常に連絡が取れるようにしておきましょう。
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以上です。長くて難しい話も多く、途中で飽きたと思いますが、ここまで読んでくれてありがとうございました。
皆様一人でも多くの方が自分のゴールにたどり着ける事を切に願っています。
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第1回:熱の産生
第2回:放熱
第3回:低体温症の評価
第4回:低体温症の対応(本記事)
参考・引用文献
(*7) Thomas D.T. et al:American College of Sports Medicine Joint Position Statement. Nutrition and Athletic Performance. Med Sci Sports exerc 48(3): P543-568, 2016
(*8) 山本正嘉:登山時のエネルギー・水分補給に関する「現実的」な指針の作成、登山医学:Vol32 : 36-44, 2012
筆者|もりもり(森田孝次)
小児科医でありランナー。トライアスロン、トレイルランニングのレースで救護医を担当することも多い。
https://twitter.com/moritako1121