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2020年7月1日

内坂庸夫 内坂庸夫

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痛快ってこれかあ

 水面に平たい石を投げると、パンパンと跳ねていく。ウインドサーフィンも同じ、あまりにスピードが速くなると、ボードは水面から浮き上がって滑空状態になる。

 快晴の台風。空も海もまっ青。唯一の白は風で吹き飛ばされる波頭、だいたい風速10mくらいか。ボードは浮き上がり波に跳ねてパパパーンと突き進む。海には信号も速度制限もない、どこまでも好きなだけかっ飛んでいける。波をカタパルトにして空高く跳び上がることもできるし、沖合の大きなうねりを駆け下りて、さらにさらに加速することもできる。なんという悦楽、快感。

 これ以上の至福があるものか。夏のハワイ・マウイ島は毎日が天気のいい台風、貿易風が横殴りする太平洋上で思った。

 間違っていた。さらなる痛快がこの世にあった。スノーボーディングを始めて2回目の3月、北海道大雪山旭岳・盤の沢。前日までの吹雪が止み、晴天無風(珍しい)、他にスキーヤーもスノーボーダーもいない(さらに珍しい)。ノントラック、底なしのパウダーがたったひとりのためにある。

 自ら舞い上げる雪で前が見えない。大きなターンでGと無重力を交互に味わい、森の中を縫って踊る。ゴンドラを使って夕方まで滑りまくり、でっかいボウルに5本のトラックを刻んだ。もう死んでもいい、旭川に戻るバスの中で本気でそう思った。

 ウインドサーフィンが疾走感だとすれば、こっちはプラス浮遊感か。さらなる歓喜を求めてニセコに通い、カナダにヘリツアーに出かけ、八甲田を訪ねることが恒例となった。バックカントリー・スノーボーディングはそれほどまでに素晴らしい。

 ヒトの骨の中でいちばん長いのは大腿骨、太腿の骨だ。2番目がその下、膝から踝までの脛骨(平行してスタビライザー役の腓骨がある)。上下どちらかを、両方ならなおさら、折った日には立ち上がることもできない。

 忘れもしない3月14日ニセコアンヌプリ東尾根、もちろんバックカントリー、もちろん誰もいない。その日は狙った通り腰までのふかふかパウダー、ただし吹雪。キャッホー森の中へ、仲間を確認しようと後ろを振り向いたのがまずかった。かわせると思った大木はみんごと左脚の脛骨を(腓骨も)真っぷたつにへし折ってくれた、大木を相手にバットをフルスイングしたと思っていただこう。起き上がれないどころじゃない、かかとが前を、爪先が後ろを向いている。

 スイス製チタンの棒を折れた脛骨の中に突き通し、その両端を膝下と踝にネジで留めた1年間、不安がつきまとう。ココロは折れていないのか? それでも滑るつもりか? バックカントリーは怖くないのか? 木々の隙間に突っ込んでいけるのか? こればかりは現場に行ってみなきゃわからない。

 翌春、救助のお礼に缶ビール24本入りパックを担いでニセコのパトロール事務所へ。その流れで、例の大木に挨拶しなきゃあ、と。滑り出してみれば、トラウマはまーったくの杞憂。ひとかけらのビビりも躊躇もなく、借りを返してもらうぜ、くらいの勢いで森の中に突っ込んでいく。まわりは呆れるばかり。

 とはいえ「爪先が後ろ向き」には大いに学んだ。バックカントリーはプロフェッショナルにガイドしてもらうことにした。天候の安定した春、お弁当と魔法瓶を背にスノーシューで歩き、登り、ボードを滑り、お昼ごはんを食べてまた滑る。プロガイドと共に一日遊んで滑り降りたところに、ツアーの専用バスが待っているという極楽。そしてきわめて安全なスノーボーディング。

 人はひどい目に遭って学ぶ。人は痛い思いをして身の丈を知る。

 海でローカルヒーローやレジェンドと呼ばれる人ほど無茶をしない。風と波には絶対に勝てない、勝てるわけがないことを知っている。海で負けたらまず生命はない、当たり前のことを知っている。

 山でもまったく同じこと。高尾の6号路でさえ、滑落すれば首と腰を骨折できる、担架で運んでもらえる。たくさんの人に迷惑をかけることができる。

 人生なにをやってもいい。ただし、(人と自然に迷惑をかけないのなら)とカッコがついてくる。好き勝手に遊ぶ自由には、大きな大きな責任がついてくる。

 ニセコのバックカントリー。スキー場外、救助管轄外なのに5人のパトロールがすっ飛んできてくれた。開口一番の「ごめんなさい」に応えて「ほおっておくわけにはいかないっしょ」「この程度で済んでよかったじゃん」と逆に大ケガを気遣ってくれた。

 彼らは、同じように大木に激突して脳挫傷で即死したスキーヤーを麓に下ろしてきたばかりだった。

 海と山の痛快は大ケガ(へたすりゃ死)と大迷惑との紙一重。吹雪の中、つま先を元の向きに戻されるのを見つめ、痛と快の文字をしみじみ理解した。

 キャッホー! 絶好調、無我夢中で遊んでいるとき、野山を走りまわっているとき、どこからか声が聞こえてくる。

『おいこら、調子に乗ってんじゃねえぞ』

PROFILE

内坂庸夫

内坂庸夫 | Tsuneo Uchisaka

「ヴァン ヂャケット」宣伝部に強引に入社し、コピーライティングの天啓を授かる。「スキーライフ」「メイドインUSA」「ポパイ」「オリーブ」そして「ターザン」と、常にその時代の先っぽで「若者文化」を作り出し、次はなんだろうと、鼻をくんくん利かせている編集者。
 2004年に石川弘樹に誘われ生涯初のトレイルラニングを体験(ひどいものだった)、翌年から「ターザン」にトレイルラニングを定例連載させる。09年に鏑木毅の取材とサポートでUTMBを初体験、ミイラ取りがミイラになって12年吹雪のCCCに出場(案の定ひどい目に遭う)そして完走。(死にそうになったにもかかわらず)ウルトラってなんておもしろいんだろうと、13年、UTMBの表彰台に立ちたい、自身の夢をかなえようと読者代表「チームターザン」を結成する。
 「ターザン」創刊以来、数多くの運動選手、コーチ、医者、科学者から最新最良な運動科学を学び、自らの体験をあわせ、超長距離走のトレーニングとそのマネージメント、代謝機能改善、エネルギー・水分補給、高所山岳気象装備、サポート心理学などを研究分析する。ときどき、初心者のために「100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)」講習会を開催してる。

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