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2021年2月3日

内坂庸夫

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100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)②

 

vol.2 板バネとゴムバンド

前回は「あなたもアキレス腱を持っている、だから100マイルなんてラクショーだ」で終わっている。その種あかしをしないとね、つまりは長距離走のバイオメカニクス。

さあ行くよ、まずは映画『ロッキー』を観てもらいたい。どのシリーズでも必ず縄跳びのシーンが出てくるよね。膝を軽く曲げて、フォアフットでポンポンと跳ねて、浮いた足と床との隙間にロープをタイミングよく通す、その繰り返し。これがボクサーの縄跳び。

ポンと跳ねれば、落下する体重の反力で(プラスほんのちょっと腓腹筋・ヒラメ筋を収縮させて)跳ね続けることができる。永久機関のようにスムーズにいつまでも縄跳びを続けられるのは、足底筋の土踏まずアーチが板バネの役目をしてくれること、そして足首関節を介してアキレス腱という強靱なゴムバンドが働いてくれるからだ。

知るかぎり縄跳びのぶっ通し世界記録は9時間46分、日本人の鈴木勝巳さん(故人)がタイトルホルダー。ヒトは跳ねるという運動を10時間近くも続けることができる。それだけこの板バネとゴムバンドは強力なのさ。
 

倒れる力で走る

ただし、これでは単なる上下動運動、前には進めない。走るには前方向への推進力が必要じゃん。短距離走の場合はあまりにわかりやすい、足先で大地を掴んで引き寄せ、後ろに蹴って(だから短距離走の靴にはピンがついている)前に進む。筋力が推進力になる。でも、この引き寄せ・蹴りランは速くは走れてもエネルギー供給に難があって長くは走れない、長距離には向いていない。岩陰から飛び出してきたライオンから逃げるときにしか使えない。

ヒトが長い距離を走るときは、正確にはゆっくり走るときは、体軸を前倒させて重力を主な推進力にしている。 重力はどこにでもある、誰でも使える、しかもタダだ。よく言われる骨盤の前傾ってやつ。カラダをエンピツのようにまっすぐにしたまま倒してゆくと、おっとっと、ほんとに倒れたら痛いから、いつのまにか片足が一歩踏み出てる、その繰り返しで前進する。大げさにいえば倒れる力で走るのさ。
 

ランニング自動変速機能

まとめ。ヒトは誰からも教わったわけじゃないし、意識もしないし、気づいてもいないけど、ゆっくり走るときは、前倒しながら片足交互にロープなしの縄跳びをしてる。重力と200万年前からのバネとゴムバンド、これでヒトは長距離を走る。なんと省エネなんだろう。

そして、少し速く走るときは「蹴り」を加えていくのさ、結果として距離を犠牲にしちゃうんだけどね。ヒトは速度に応じて「蹴り」と「跳ね」と「前倒」をうまくブレンドしている、ランニング自動変速機能を持っている。

明日、あなたの変速機能がどんなふうに働くのかチェックしようよ。ゆっくりの縄跳び「跳ね」走りから「蹴り」の全力疾走まで、いろんな速度で走ってみよう、そしてどの速度(強度、心拍数)が体感的にいちばん心地いいのか、知っておくといいです。次回は「マフェトン走で大きな排気量のエンジンに乗せ換えよう」だから。

左右10Kgのダンベル

おまけ。ここまでは「カンタンだ」の部分、「カンタンだ(ちょっとウソ)」を話しましょう。

片方の脚と足の重さは体重の15%~18.5%(測定法によって違う)だから、体重60Kgの人なら、片方の脚と足は9Kg~11.1Kgってことになる、けっこう重いよ。速く走ろうが、ゆっくりだろうが、走るときはこいつを交互に引き上げたり、引き寄せたりしなきゃいけない。

早い話がランニングとは、腰の下に左右10Kgのダンベルをつけて一歩ごと交互に運ぶってこと。だもの100マイルも走りゃ、ふくらぎが悲鳴をあげたり、太腿が焦げたりするのは当たり前。

「えー、そんなあ」。いやいやまだあります。ランニングで運ぶのはダンベル2個だけじゃない、忘れているかも知れないけど、あなたの腰から上の重量も運ぶのさ。そして着地の衝撃(負荷)は体重の4倍~6倍とも言われているから、体重60Kgの人なら一歩ごとに脚と足にかかる衝撃は240Kg~360Kgにもなる。その脚と足で100マイルですぜ、ちっともカンタンじゃない。

だから、ランニングは「前進しながらの筋トレ」。距離に関係なく、同じ体重なら下肢の筋力、特に筋持久力の強いヤツが速く、長く、ラクに走れる。この話、とても大事だから忘れないで。

PROFILE

内坂庸夫 | Tsuneo Uchisaka

「ヴァン ヂャケット」宣伝部に強引に入社し、コピーライティングの天啓を授かる。「スキーライフ」「メイドインUSA」「ポパイ」「オリーブ」そして「ターザン」と、常にその時代の先っぽで「若者文化」を作り出し、次はなんだろうと、鼻をくんくん利かせている編集者。
 2004年に石川弘樹に誘われ生涯初のトレイルラニングを体験(ひどいものだった)、翌年から「ターザン」にトレイルラニングを定例連載させる。09年に鏑木毅の取材とサポートでUTMBを初体験、ミイラ取りがミイラになって12年吹雪のCCCに出場(案の定ひどい目に遭う)そして完走。(死にそうになったにもかかわらず)ウルトラってなんておもしろいんだろうと、13年、UTMBの表彰台に立ちたい、自身の夢をかなえようと読者代表「チームターザン」を結成する。
 「ターザン」創刊以来、数多くの運動選手、コーチ、医者、科学者から最新最良な運動科学を学び、自らの体験をあわせ、超長距離走のトレーニングとそのマネージメント、代謝機能改善、エネルギー・水分補給、高所山岳気象装備、サポート心理学などを研究分析する。ときどき、初心者のために「100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)」講習会を開催してる。

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