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2021年3月3日

内坂庸夫 内坂庸夫

103

100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)③

Vol.3 (180-年齢)±5と礒村真介さん

最初に昨年11月4日掲載の「食べずに走れば速い、え?」をもう一度お読みくださいな。今回の話がよーくわかりますから。

さあ、行くよ。あなたは気づかないけれど、あなたのカラダは運動強度(つまりは運動継続時間)に応じて2種類のエネルギー源を使い分けている。

ひとつは糖質、グリコーゲンという名前で、成人なら筋肉と肝臓にあわせて400gくらいが蓄えられている。糖質1gは4Kcalだから1.600Kcalぶんがカラダの中にある。

仮にマラソンを〈糖だけ〉で走ると、体重60kmのランナーなら27km地点でエネルギー(*1)はスッカラカン、燃料切れ。まったく走れなくなる。

大会当日までのグリコーゲンローディング(糖質増量貯蔵法)や糖質たっぷりの朝ごはん、スタート直前のチョコレートやあんパン、レース中のジェルが大事だよ、といわれるゆえん。

計算では、体重60Kgのランナーならレース直前やレース中に900Kcalの糖質を補給すればなんとか完走できる。あんぱんなら3個ぶん、ジェルなら7.5個ぶんだ。
 

なにも食べないで1350km

じゃあ、脂肪がエネルギー源だとどうなんだろう。同じく体重60Kgのランナーで体脂肪率が15%だとすれば、彼・彼女は体内に9Kgの脂肪を備えている。脂肪1gは9Kcalだから81.000Kcalのエネルギーを貯蔵していることになる。

81.000Kcalだ。体重60Kgの彼・彼女は〈脂肪だけ〉で1.350kmを走れることになる。東海道はおよそ500kmだから、東京・日本橋から走り出して、京都・三条大橋でUターン、らくらく日本橋に戻り、もう1回名古屋あたりまでいけちゃう、100マイルなんて屁でもない。

と、ここまでは机上の理論と計算。実際には糖と脂肪が単独で使われることはなく、主として糖、主として脂肪、という言い方になる。

ともあれ大事なことだから繰り返すよ。ヒトは運動強度(=継続できる運動時間が決まっちゃう)に応じて2種類のエネルギー源を使い分けている。ゼーハーする強い運動は、糖質をメインのエネルギー源とする代謝回路が働く。長くは走り続けられない。

ゼーハーしない弱い運動は、脂肪を主たるエネルギー源にするようプログラムされている。長く走り続けることができる。

もうおわかりでしょう。ゼーハーしない低い運動強度を保って走れば、疲労は少ないし、さらに糖質に比べれば無尽蔵ともいえる体脂肪を使って長く走り続けることができる。200万年間、われわれはこの走法で生き延びてきた。
 

「え、ゼーハーしない強度、遅いじゃん?」

低い運動強度=遅い、と思う人が多いけど、それは誤解、勘違い、固定観念というヤツ。ゼーハーしないレベルでサブスリーを走るランナーはごまんといる。あなたもきっちりトレーニングすれば低い運動強度で速く走ることができる。

そのトレーニングが「マフェトン」。米国人フィリップ・マフェトン博士が考案したからそう呼ばれている。

45年も前、1976年。ハワイに総距離226kmのスイム・バイク・ラン3種目ぶっ通しのトライアスロンなるキワモノ競技が誕生した。
 

神の数式、(180-年齢)±5

テレビ放映され絶大なる人気を得るものの、多くの選手が人類がかつて経験したことのない超ド級(*2)の筋疲労に泣き、ハンガーノックに倒れ、熱中症と脱水で動けなくなった。ハワイアイアンマン226kmを完走するには、いったい、どんなトレーニングをすればいいんだ?

「ゼーハーしない運動強度なら誰でも長く走れるだろ、この強度で速く走れるようになればいい」と、あまりに当たり前の理論。博士は多くの臨床検査から、そんなカラダになるために、ウルトラを楽ちんに走るために、その人にもっともふさわしいトレーニング強度を心拍数に置き換え(180-年齢)±5 と提唱した。

帝王マーク・アレン(アイアンマン6勝)をはじめ多くのトップトライアスリートがこのトレーニングを実践し、マフェトンは世界中に広まってゆく。数式があまりにわかりやすく、誰にも当てはまり、効果も間違いないものであった、まさに神の数式。
 

ウルトラにいいじゃん

やがてトライアスロンはオリンピック種目となり、TV放映しやすい51.5kmという短距離種目になってしまう。超超持久系運動の鉄板トレーニング、マフェトンはいつしか忘れ去られていった。

そして2005年。「ターザン」でトレイルラニングの連載を始めて、ある日、気がついた。もしかしたらウルトラのトレーニングにはマフェトンがいいのではないか? 

トレーニングはカンタンだ、本当にカンタンだ。トレーニング心拍数を計算し、その数値を守って走るだけ。半年でその心拍数でキロ1分速くなった。まったくの凡足ランナーが、信越五岳110kmをやっつけ、第1回STY(あの極悪非道の天子山地を丸ごと全部越えるという記念すべき大会)を完走し、吹雪のCCCから生還した。マフェトンを始めて1年でウルトラを完走できたのさ。
 

礒村真介さん

だけど、自分の成果だけでは、ひとさまに勧められない。マーク・アレンはトライアスロン選手だし・・。いろいろ調べているうちに編集者礒村真介さんに出会った。

さあ、礒村真介さん。トレランの世界には珍しくないけれど彼は体育会出身でもなくいわゆる文系の人。社会人になってから多くの男子と同じように、女子にモテたいという純粋な動機からジムに通い、ダイエットを始める。よくある話でランニングのおもしろさに目覚めて、2007年の河口湖マラソンを完走しちゃう。

さらによくある話で、トレイルラニングにはまってしまう。当然ながら「日本山岳耐久レース」を走りたくなる。距離は71km、礒村さんがそれまで走ったレースは42.195kmが最長だ。さて、はじめてのウルトラ、どんなトレーニングをしたらいいんだろう?
 

UTMF9位

そこで、トレラン仲間からマフェトンを教えてもらったんだ。礒村さんはこのトレーニングを3ヶ月続けて08年の秋、生涯最初のウルトラ71km、日本山岳耐久レースに出場する。

(180-年齢)+20という心拍数を保ってらくに走り、139位/1592人。第1関門(22・5km地点)からは先を行く選手を追い抜くばかり、誰にも追い抜かれることなくらくらくフィニッシュだ。まだある、同じ+20という心拍数で走った13年の山岳耐久は47位だぜ。

さあ続くよ。はじめての100マイルが11年ハワイ・オアフ島の「HURT 100」、これまたペースがわからない、そもそも完走できるのか? そこで+5 で走ったら4位。

12年の「UTMF」も+5 、前半はすべての選手に抜かれるくらいだけど、中盤あたりから先行する選手に追いつき追い越し、楽しいわ、気持ちいいわで、終わってみればなんと9位。その後の礒村さんの活躍はご存知の通り。
 

不安に思うくらいゆっくり

どうです、マフェトン。すごいでしょう。

その効能を書き出しておくと

〈すごいところ〉

  1. 低い運動強度(低い心拍数)で速く、長く、走り続けられるようになる。
  2. 無尽蔵ともいえる体内の脂肪を効率よく使うカラダになる。
  3. ゆっくり走なので、筋疲労、故障が少ない。毎日できる。

〈短所がないわけじゃない〉

  1. こんなちんたらゆっくり走って効果があるのかよ? という陸上競技経験者、おいこみ至上主義者にありがちな疑い、不安。
  2. ランニング経験の長い人には、その速度は不快に思うくらいゆっくりになる。
  3. 歩幅や腕振り、手足の連動、反射などカラダの動きが小さくなる。トレーニングのシメには「流し走」などで手足を大きく、強く、速く動かしておきたい。

次回はマフェトンの実践。心拍数を測りながら走ります。心拍計をご用意ください。計算式の説明、コースの設定、毎日の走り方、効果確認の話です。軽自動車から超大型SUVに乗り換えようって話です。
 

*1. 平坦地ランニングの消費エネルギー(Kcal)はカンタンに計算できます。体重(Kg)×移動距離(km)がそれ。体重60Kgのランナーがマラソンを走るには、60×42.195=2531Kcalのエネルギーが必要ってこと。

*2. 1906年に進水した画期的な火力と世界最大サイズを誇る英国戦艦ドレッドノートから「圧倒的なもの」「大きなもの」をド級(漢字では弩級)と表現します。なので、それをうわまわる「とてつもなく大きなもの」「はるかにすごいこと」が超ド級。現実に最初の超ド級戦艦は同じく英海軍のオライオン。大和と武蔵はサイズ的に言えば超々々ド級の戦艦らしい。「どでかい」や「どまぬけ」の「ど」がこの「ド」だとおもしろいんだけどな。

PROFILE

内坂庸夫

内坂庸夫 | Tsuneo Uchisaka

「ヴァン ヂャケット」宣伝部に強引に入社し、コピーライティングの天啓を授かる。「スキーライフ」「メイドインUSA」「ポパイ」「オリーブ」そして「ターザン」と、常にその時代の先っぽで「若者文化」を作り出し、次はなんだろうと、鼻をくんくん利かせている編集者。
 2004年に石川弘樹に誘われ生涯初のトレイルラニングを体験(ひどいものだった)、翌年から「ターザン」にトレイルラニングを定例連載させる。09年に鏑木毅の取材とサポートでUTMBを初体験、ミイラ取りがミイラになって12年吹雪のCCCに出場(案の定ひどい目に遭う)そして完走。(死にそうになったにもかかわらず)ウルトラってなんておもしろいんだろうと、13年、UTMBの表彰台に立ちたい、自身の夢をかなえようと読者代表「チームターザン」を結成する。
 「ターザン」創刊以来、数多くの運動選手、コーチ、医者、科学者から最新最良な運動科学を学び、自らの体験をあわせ、超長距離走のトレーニングとそのマネージメント、代謝機能改善、エネルギー・水分補給、高所山岳気象装備、サポート心理学などを研究分析する。ときどき、初心者のために「100マイルなんてカンタンだ(ちょっとウソ)」講習会を開催してる。

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