宇宙論尺度で110キロを走る Part 2


9月中旬、新潟・長野県境の五つの山々をステージとした信越五岳トレイルランニングレース110KM Shinetsu Five Mountains Trail 110km (以下、SFMT) に参加してきました。今回は Part 2 ということでレースの後半の内容を主にお伝えしていきたいと思います。

(宇宙論尺度で110キロを走る Part 1 はこちらから

スタートから8時間以上経過、時間にして午後2時を過ぎる頃。5Aまで残り数キロをきったところの笹ヶ峰牧場では、牛がのんびりと草を食べています。発達した40cmをも超える長い舌を使って自由自在に草をすくい、口の中に巻き込む。勢いよく口に放り込んだ後は口元がちょっとだらしないけど、ゆったりと一定のリズムで食べています。とても綺麗な牧場の緑と空の青のコントラストを背景に牛のくつろぐ姿を眺めてると、ここらでのんびりしたいなあという誘惑にかられます。

ここでマーフィーの法則を思い出しました。長距離を走ることは不確定要素が強く、110キロを走ることは単に55キロを2回分走るというわけではないです。前半の55キロで感じた疲労や困難が後半の55キロでは単純に二倍ではなく二乗になると考えた方が妥当かもしれません。そのマーフィーの法則同様に、笹ヶ峰牧場でのんびりと草を食べている牛の数が2頭、4頭、6頭と視界に入るにつれて、ペースもみるみる遅くなっていきスムーズに出していた足も今では重く感じます。牛以外にも牧草地という場所柄、先が見渡せる場所を走るとなると、どうしても歩きたくなったりペースダウンにつながります。

それでも頭の中をシンプルにしていまやるべきことに集中します。40分毎に補給食を食べる事、水をこまめに飲むこと、汗で失いやすい電解質やビタミンを摂取すること、足を前に出し続けること。頭の中でイメージした「いまやるべき To Do リスト」のおかげで自分が怠慢になるのをぎりぎりのところで防ぎなんとか牧場を通り抜けます。

草を頬張る牛と高原の景色を堪能しながら牧草地をかろうじて走り抜ける。

草を頬張る牛と高原の景色を堪能しながら牧草地をかろうじて走り抜ける。

 

5AーW1(66.6キロ地点〜73.3キロ地点)

5Aに到着。ペーサーの小倉さんと合流しましたが、いくらまだ体力はあるとはいえ60キロを走ってきました。疲労感や体の張りが全くないといえばウソになります。そんな中、自分のドロップバッグやエイドにある欲しい食べ物やアイテムをすぐに持って来てもらえるのがすごく助かりました。

「前後数名のランナーと比べてもリズムよく走って来てるのは菅原さんだけ。これからさらに順位を上げていけます」と力強く励ましてくれます。自分の順位は現在80位くらいに位置しているらしくマイペースに順位を気にせず走ってきた自分としてはちょっと驚きました。残りのゴールまでの区間をゆっくりなペースで進んだとしても、完走20時間以内で完走はよほどの事が無い限り達成できる目標と二人で確認しあいました。

ここで当日のレイヤリング情報を。僕が着ていたウェアはパタゴニアのキャプリーン1・シルクウェイト・グラフィッククルー。速乾性に優れていて、運動量が多いトレイルランニングであれば春先から秋口頃まで着れます。5Aに着いた時点でも汗がべっとり皮膚についてるわけではなかったので着替えも必要なし。

ショーツはこちらもパタゴニアのストライダープロショーツ。ショーツにはポケットが5個あり、小口のポケットにはジェルやタブレットなどが同時に入れるスペースは確保してますし、スマートフォーンも入るくらいの大きいポケットもあり、非常に便利です。エイドでは、後半使うであろうジェルなどをショーツに押し込み、出発の準備をします。ジェルや補給食をショーツのポケットに入れた場合、通常ここで発生する問題と言えば補給食を入れた影響でショーツの総重量が増し、走ってる最中にショーツ自体が下にずり落ちたり、揺れる心配です。

ですがノープレブレーモ(心配なし)。2014年からショーツの紐の部分が外側に着くようになりました。今まではショーツの内側に紐ではなくウエストバンドがついてあり結びづらい、ほどきにくいといったデメリットがありましたが、外側に着く事によってより紐を結びやすくなったメリットがあります。結びやすくなったことでしっかりウエストの調節もさらに追求できるようになりました。これでショーツの重量が重くなっても紐でしっかり結べ、すり落ちや揺れる心配を最小限に抑えられます。

 

ペーサーの小倉さん。2014北海道マラソンにて。

ペーサーの小倉さん。2014北海道マラソンにて。

 

エイドから出発する前に雑穀米のおにぎりをぱくり。スタートから持ってたおにぎりもまだある状態で、ドロップバックにも2個忍ばせておいたので後半も心配ありません。とりあえず次のW1まで運動量を増やすべきかどうかの判断は保留。最初は様子見ということで小倉さんを先頭で自分が後ろでスタート。 フラットなトレイルやダウンヒルは走り、上りは早歩きというスタイルでスタート。ペーサーからの物理的なサポートは禁じられていますが、気持ちの上では大きなサポートになります。こんな長距離を喜んで伴走してくれるなんてありがたい。さー後半スタートです。

ちなみにペーサーの小倉さんとはあまり今回のSFMTのことで打ち合わせは特になし。ペーサーとランナーの間柄で即興でなにができるか試したかったし、その場その場で対応できる人だと思ってたので心配無し。走れる区間は走り、歩く場所では歩きながら。会話をしながらなのであっという間に時間が過ぎます。

W1-6A(73.3キロ地点〜81.0キロ地点)

W1があるのは黒姫山西登山口付近。黒姫山に向かうまでの上りはそれほど距離もなく小倉さんと合流した後も安定した動きができているのが確認できました。W1エイドを過ぎる頃から、体調良し!メンタル良し!とある程度自分で判断できた部分もあったので、自分が先頭で小倉さんが後ろのスタイルで走ることに決めました。ここからはフラットで気持ちいいシングルトラック。フラットや下りのトレイルは走り。上りもできるだけ歩かずに行けるところは行ってみようスタイルで。

今回、110キロを走りきる上で自分でも目標にしていた「苦しい時に苦しまない姿勢」。110キロというインパクトがある距離をいかにして自分の中に柔らかく消化しやすいように落とし込むかが大事です。落とし込む方法や手段は人それぞれで自分に合ったスタイルでいいと思います。ちなみに僕がいつも長距離を走る時に大事にしてる言葉が、

「宇宙論尺度で考えればすべてが近隣」

たとえば地球と火星までの距離を考えてみると、最も遠いときは4億kmほどでもっとも近いときで5500万km。この遠い時と近いときの差がでるのは地球が太陽を365日かけて一周するのと比べて火星は686日で一周するため地球からの距離が時期によって異なるためです。

「地球と火星までの距離と比べたら110Kは近い近い。だったら長野から新潟までの5つの山々なんか…」と自分の現状と、とてつもない数字や距離と比較して自分に落とし込むことでメンタルのハードルは下がります(もしかしたら僕だけでしょうか?)。

ポストイットに書いてみる。視覚的とはいえないもののメンタルのハードルは下がり効き目は十分。

ポストイットに書く。視覚的とはいえないもののメンタルのハードルは下がり効き目は十分有。

 

そんな話を小倉さんと話してると「でもゴール後にはミクロで見て、よくやったなぁって振り返りたいですよね」と。おー確かに。今の時点でゴールまでの残りの距離は40キロ。地球から火星との距離の約1000万分の1の距離。しかも今の状況では宇宙スーツや酸素ボンベも必要なし!

体力の低下や体全体のこわばり、脱水症状を気にかけている自分。 体力だけでは残りを走ることは難しい。守りのモードではなく攻めのモードに切り替え、宇宙論的に、そして前向きな考えで走ります。2人とも走りながら「ここ走りやすいねー!」「うわ気持ちいいー!」「ここ近所だったらいいよねー」とキロ5分を切るスピードで走り抜けていきます。

6A-7A(81.0キロ地点〜87.0キロ地点)

6Aのエイドでは先程会ったスコット・ジュレクさんがエイドにいました。疲れた顔でエイドに立ち寄る選手に1人1人に声をかけています。「ヘーイ、まだ元気そうだね」「ペーサーのお陰でなんとか」というやりとりのあと一緒に記念写真。

スコット・ジュレクさんと記念写真。

スコット・ジュレクさんと記念写真。

 

エイドをでたあとは、ロード区間の上り。ここをある程度今の自分の現状を確認するためすべて走ってみることに。走ってみた結果まだまだ足はうごくし、このあとスピードをだして進んでいこうということで数kmのロード区間を経て、戸隠神社奥社へ向かう参道を走ります。左側にトレイルに入るルートがあり、そこからは走りやすいフラットなトレイル。2人でスピードを出して7Aに向かいます。

 

参道から随神門までの並木通り。雰囲気がとても神秘的。

参道から随神門までの並木通り。雰囲気がとても神秘的。

7A-8A(81.0キロ地点〜92.3キロ地点)

7Aに到着。山の中は気温が徐々に下がってきましたが、まだまだライトや寒さ対策の防風ジャケットを着なくても走れそうです。ここの7Aでは味噌汁がだされて、雑穀米おにぎりと一緒に食べながら比較的長めにエイドにいました。まだまだ体は動く。小倉さんからも「よく動いてるしよく食べているから、この先もどんどん行きましょう!」という声もあってエイドを出た後もリズムよく走れ、10人くらいのランナーを追い越して前に行けました。

全粒粉で作ったトルティーヤ。レース前半の時点で、あらかじめ用意していた後半の分も食べしまい最後食べれなかったのが心残り。

全粒粉で作ったトルティーヤ。レース前半の時点で、あらかじめ用意していた後半の分も食べしまい最後食べれなかったのが心残り。

 

8A-W2-Finish(92.3キロ地点〜102.4キロ地点〜111.0キロ地点)

ビールとピザを同時に味わいたかったのに、デリバリーピザが来る前にビールを空けてしまう。こういった状況はトレランの大会でも発生します。すべてはタイミングが大事。ここ8エイドに到着して雑穀米おにぎりを2つ(1つは小倉さんのザックの中)残しておいたのは理由があります。それは戸隠そばがここのエイドで食べられるから。ということで、蕎麦好きな自分にとっては数キロ手前からすでにワクワクでした(戸隠は有名なそばどころ)。蕎麦のつゆと雑穀米おにぎりの相性いいだろうなあと。

蕎麦を1杯口に流し込み、雑穀米のおにぎりを食べる。もちろん静かな場所でゆっくりと食べてるわけではないですが、自分の好きな食べ物が走ってる途中に食べれるというのは嬉しい。美味しくてさらに食べたい衝動にかられ2、3杯蕎麦を食べ、出発の準備ができました。肺に吸い込む空気も日中よりはだいぶ冷たくなりましたが、動いてる分まだまだ寒さは感じません。このままいってやります。

ここからヘッドライトを装着して走りました。使用したヘッドライトは SILVAの Trail Runner 2。遠くまで光を照らすことはできませんが(140ルーメン)足下から5mくらいの絶妙なディスタンスを照らしてくれるので夜間に走ったりするには快適なヘッドライトです(しかも118gと軽い)。すごいシンプルな機能で明るさの調整も2段階しかありませんが、ワイドな光量のバランスがよく、視界全体に満遍なく光りがいきとどくのでハイキングよりも運動量があるランニングなどのアクティビティにおすすめです(そしてベルトの裏には滑り止めがついてるので汗の影響でずれたりする心配は無し)。

中心だけ無駄に明るいということはなく光の中心が均一に明るく目が疲れるという心配も無い、個人的には理想的なライト。

中心だけ無駄に明るいということがなく、光の中心が均一に明るく光のバランスも良し。目が疲れるという心配も無く、個人的には理想的なライト。

 

小倉さんは頭にはヘッドライト、手にはハンドライトを装備。僕の背後から前にライトを照らしトレイル全体にいきわたるように視界を広げてくれます。8Aから先は最後の上り、瑪瑙山の上りです。時間にして14時間40分くらい体を動かしています。瑪瑙山の上りは急登なので、歩くことにしました。走りから歩きに変えた分、運動量も落ちます。それによって補給などもしやすくなったので、ここで残り約10キロを走るために入念にエネルギージェルなどを補給しながら進みます。

夜になり気温も下がってきて疲れもピークに。こういうときこそ、前向きに。

夜になり気温も下がってきて疲れもピークに。こういうときこそ、前向きに。

 

上りを終え、ここからは下りを数キロ走り、途中また上りがありますが、そこからはフラットなトレイルです。下りはまだ足にスタミナがあったのでスピードも出せる状態。他のランナー10名前後を抜きました。実際小倉さんを置き去りにするような場面も何度かありました。

ここで小倉さんからラストスパートをかけるかどうか僕に聞いてきます。「あと10キロ50分以内で行きましょう。さっきの下りを見てもキロ5分きってますし、まだまだ足が動きます。これから前からリーディングしますよ」。そんな小倉さんの言葉に「了解。いけるところまでとりあえずいってみよ」と返します。自分も行けるとわかっていたし、それに後押しをかける形で小倉さんの一声がありました。

同時に、ここでようやく今日このままいくと16時間を切るペースだということがわかりました。残りの10キロただペーサーについていこう、という気持ちで走ります。最後の林道を小倉さんがリードして引っ張ってくれます。それにしても早い。自分の足取りはしっかりしているものの、100キロを走ったあとではハーフマラソンを走る時とあまり変わらないスピードに感じました。自分的にはもうキロ4分ぐらいで走ってる感じです。途中ちょっとペースが落ちたところもありましたが、全体的にペース通り。あと5キロ、あと3キロ、ゴールに近づいてきます。

110キロは宇宙的に考えれば近いじゃん、あっというまだよ。そういう思考がゴールに近づくにつれてだんだんと薄れていきます。「今日走った〜もうすぐ終わる〜」っていう自分がニョキニョキでてくる感覚が生まれます。満足感と後少しでレースが終わるという寂しさも交わりながらの感情です。

ですがすでに達成した過程に注意を向ければ、満足に浸り、スピードは落ち、歩きに変わります。最後の区間は走るたびに苦痛でしたが、もう予期していたことなので、少しも驚かないように。満足感や達成感、疲労苦痛にかかわるものを自分の中で一旦遮断して、あと数キロ残された距離に集中してもう一踏ん張りです。

大事なのは原因と結果。目標が達成されたか否か。それが正しく達成されたか否か。中間なんかない。というストイックな部分と、一方で今日どれくらい時間を忘れて楽しめたか、どれくらい没頭して走れたかっていうことも大事にしています。そのストイックな部分と楽観的な(一所懸命楽しむということもある意味ストイックではありますが)部分とのバランスです。前にはときおり後ろの僕の姿を確認しながらリーディングしてくれる小倉さん。最後も無心で走ろう、なにも考えず。

そしていよいよ残り数キロを残し、ゴール地点の賑わいが聞こえてきました。会場のアナウンスの声が聞こえてきます。僕の前のランナーたちがゴールしたのでしょう。「さー自分のペースでゴールしてください」。小倉さんがそう言うと自分の視界には、前方の下あたりから灯りが見え始め、その200m先にはゴールが見えます。最後の下りを走りきると、ゴール両脇には応援する人が立ってランナーのゴールを待っていました。小倉さんと手をつなぎゴールをくぐり、15時間41分で完走。男子の順位では55位でのゴールインでした(出走は658名。男子:526名、女子:132名)。

 

完走者には大会ロゴマーク、名前、タイム等を彫った楯が贈られる。

完走の証として自分の名前とタイム等を彫った立派な楯をもらいました

 

個人的に振り返ると、110キロという距離を走る上で、後半スピードが落ちるのを最小限に抑えて走れたことがよかったです(前半55キロを7時間46、後半55キロは7時間55分)。その要因としては挙げられるのが、常に消費カロリーと摂取カロリーのバランスを意識していたこと。そして、どうしても補給が忘れがちな終盤などには、あらかじめ iPhoneのアラーム設定を利用して、もしも補給が忘れたときのための「防波堤」も準備したこと(Eat!! と表示されたアラームが振動で教えてくれました)。

 

5Aの手前のキャンプ場で、ハイファイブ。

5Aの手前のキャンプ場で、子供とハイファイブ。

 

後半スピードを落とさずに前に進めたこと、苦しい時にはユニバース的(宇宙的)に距離を捉えることに意識して自分の中で110キロを走りやすい形にできたこと、そしてペーサーの小倉さんの常に前向きな言葉や姿勢がいい感じに周りに放射されて自分も一緒に走ってて楽しかったことがあげられます。そして、各エイドにいたトレラン仲間やお知り合いの方、ボランティアスタッフには常に自分の足を前に出してくれるような勇気や力をもらいました。感謝の気持ち。周りの人にサポートしてもらって自分が走ってる感が強く感じるレースでした。

そして、自分の走力やレベルがどうであれ。何もかも忘れてただ没頭できること、これからも追求していきたいなと思った9月の週末でした。以上で信越五岳のレポートは終わりです。ありがとうございました。

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ノリ

1986年、秋田生まれ。

本名 菅原徳人(スガワラ ノリヒト)

国際教養大学大学院卒業後、2013年4月、パタゴニアに入社。(ベイサイドアウトレットストアスタッフ)掛け持ちしながら Run boys! Run girls! で働いている。高校時代、野球・語学留学をしにアメリカ・テキサス州に単身留学。野球でチームが優勝し、自身も州ベストナインに選ばれる。テキサス州選抜チームのメンバーに選ばれ、他州の代表チームとの試合で全米各地を回る。

大学生時代にパタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードの著書「社員をサーフィンに行かせよう」を読み、将来の働き方・生き方について考え始める。大学院時代にランニングにはまり、走り始めて10ヶ月でウルトラマラソンを走りきる。

旅行で来たハワイで山の中を走るトレイルランニングというスポーツを知り、その魅力にはまり、海外で働くつもりでいたが一転、自分の好きなライフスタイルをどっぷりできる環境を探し、鎌倉へ。

日々仕事と遊びの境目が無い生活を追求中。